2021年7月23日金曜日

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「日本奥地紀行」を読む (120) 湯沢(湯沢市) (1878/7/20)

 

イザベラ・バードの「日本奥地紀行」(原題 "Unbeaten Tracks in Japan")には、初版(完全版)と、いくつかのエピソードが削られた普及版が存在します。今日からは、普及版の「第二十信(続き)」(初版では「第二十五信(続き)」)を見ていきます。「第九信(続き)」「第十三信(続き)」に続く、久しぶりの「続き」ですが、原文では (Continued.) となっていました……そのままでしたね。

公衆の面前で食事

「湯沢で一泊」という予定を立てていたイザベラでしたが、山越えに苦戦して手前の「院内」で一泊することを余儀なくされてしまいました。そして翌日になって湯沢に到着したところ、泊まる予定だった宿屋がすっかり焼け落ちていた……というところから、「続き」のスタートです。

 ソワは特にいやな感じの町である。
(イザベラ・バード/高梨謙吉訳「日本奥地紀行」平凡社 p.238 より引用)
イザベラ姐さん、いきなり剛速球が来ましたね(汗)。公正を期す?ために原文を引用しておくと Yusowa is a specially objectionable-looking place. とのこと。とても「ご指摘には当たらない」と言い逃れできそうにはありませんね。

私は中庭で昼食をとったが、大豆から作った味のない白い豆腐カードに練乳を少しかけた貧弱な食事であった。
(イザベラ・バード/高梨謙吉訳「日本奥地紀行」平凡社 p.238 より引用)
「豆腐」に「カード」とルビが振られているのですが、原文では a wretched meal of a tasteless white curd made from beans となっていました。「豆腐」であることは間違い無さそうですが、時岡敬子さんは「凝乳[豆腐]」としていました。

それにしても、豆腐の味わいを理解できないとは、イザベラ姐さんもまだまだだな……と思ったりもするのですが、「豆腐にコンデンスミルク」と言われると「え」と思ってしまうのも事実でしょうか。やっぱふつーに冷奴がいいですよね。

ランチの豆腐にげんなりしていたイザベラですが、追い打ちをかけるように、毎度おなじみの群衆の好奇の視線に晒されます。

何百人となく群集が門のところに押しかけてきた。後ろにいる者は、私の姿を見ることができないので、梯子をもってきて隣の屋根に登った。
(イザベラ・バード/高梨謙吉訳「日本奥地紀行」平凡社 p.238 より引用)
わざわざ屋根に登ってまでひと目見ようと言うのは、イザベラ姐さんの凄まじい人気を物語りますね。まぁ熱狂の正体は「好意」ではなく「好奇心」だったのでしょうけど……。

奇怪な出来事

そして、予定調和的な展開が続きます。

やがて、屋根の一つが大きな音を立てて崩れ落ち、男や女、子ども五十人ばかり下の部屋に投げ出された。
(イザベラ・バード/高梨謙吉訳「日本奥地紀行」平凡社 p.238 より引用)
「コントか?」と言いたくなるような展開ですが、日本において現実がコントを上回るのは日常茶飯事という説もあるのでなんとも……(汗)。幸いなことに下敷きになった人はいなかったとのこと。そしてイザベラは次のように続けています。

誰も叫び声を立てなかった。これは注目すべきことである。
(イザベラ・バード/高梨謙吉訳「日本奥地紀行」平凡社 p.238 より引用)
今だったら普通に「きゃー」とか「うわぁ」とか叫び声が出そうなものですが、それだけ誰もが固唾を飲んでいたのでしょうか。

警察の尋問

予定調和的な展開は更に続き……

やがて四人の警官がやってきて、私に旅券の呈示を求めた。あたかも私がその事故に責任があるかのような口ぶりであった。
(イザベラ・バード/高梨謙吉訳「日本奥地紀行」平凡社 p.238 より引用)
あー、わかりますこの感じ。「困るんですよねお客さん。勝手にそういうことされちゃあ」とか言いそうですよね。パスポートに記された英語が読めなかった警官は、イザベラに旅行の理由を尋ねます。

「この国の事情を知るために」と言われると、地図でも作っているのか、と私にたずねた。
(イザベラ・バード/高梨謙吉訳「日本奥地紀行」平凡社 p.238 より引用)
イザベラは測量こそしていなかったものの、結果的に各地の地誌的な内容を著しているので、これも「ご指摘には当たらない」とは言えない問いだったかもしれません。

好奇心を満足させると、彼らは姿を消した。
(イザベラ・バード/高梨謙吉訳「日本奥地紀行」平凡社 p.238 より引用)
一体何をしに来たんだ、という感じですね……(汗)。

男か女か

イザベラの姿をひと目見ようとする群衆の数は、屋根が抜けた後も更に増え続けます。

駅逓係が彼らに、立ち去ってくれ、と頼んだが、こんなことは二度と見られないから、と彼らは言った。
(イザベラ・バード/高梨謙吉訳「日本奥地紀行」平凡社 p.238-239 より引用)
群衆は、イザベラのことを「捕らわれた宇宙人」と同レベルに捉えていた可能性がありそうですね。

一人の年とった農夫は、この「見世物」が男か女か教えてくれたら出てゆく、と言った。それがお前にとって何の用があるのか、と駅逓係がたずねると、今日見たことを家へ帰ってみんなに話したいのだ、と答えた。
(イザベラ・バード/高梨謙吉訳「日本奥地紀行」平凡社 p.239 より引用)
あー、やはり。イザベラの存在は完全に「見世物」として認識されていたことが良くわかります。当時は「プライバシーの尊重」という考え方も皆無に等しかったでしょうし、好奇心の発露に対してブレーキをかけることも無かったでしょうから、収拾がつかない状態になってしまった……のでしょうね。

イザベラは、この老いた農夫の有様に憐憫の情をおぼえたらしく、伊藤に対して次のように説明するよう指示します。

私は急に同情心がわき起こり、伊藤に向かって、日本の馬が夜も昼も休みなく早駆けして五週間半かかれば私の国に着けると彼らに告げるように、言った。これは、私の旅行中に伊藤がよく話す言葉である。
(イザベラ・バード/高梨謙吉訳「日本奥地紀行」平凡社 p.239 より引用)
これも何を言いたいのか今ひとつピンと来ませんが、もしかして「自分は宇宙人ではない」というアピールだったのでしょうか……(汗)。

憂鬱な目つき

イザベラという「異人」をひと目見ようと訪れた群衆は、やはり「怖いもの見たさ」だったようで、とにかくひたすら、じっと黙っていたそうです。その姿をイザベラは「まことに奇妙な群衆で」と記しています。

母の背中や父の腕に抱かれている赤ん坊は、眼をさましても少しも泣かない。
(イザベラ・バード/高梨謙吉訳「日本奥地紀行」平凡社 p.239 より引用)
赤ん坊が泣きわめくのを控えてしまうほどの、異様な緊張感があったのでしょうね。当然ながら、イザベラはそういった見方をされることが不本意だったらしく……

群集が大声で笑ってくれた方が、たとえ私に対してであっても、ほっとした気持ちになるであろう。群集が皆じっと憂鬱げに私を見つめているのは、私を堪らない気持ちにさせる。
(イザベラ・バード/高梨謙吉訳「日本奥地紀行」平凡社 p.239 より引用)
「私を堪らない気持ちにさせる」と締めていました。まぁ、当然ですよね。

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