2015年1月30日金曜日

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函館~根室 各駅停車の旅 (12) 「昆布・ニセコ・比羅夫・倶知安」

 


昆布駅(S26)

蘭越から尻別川沿いに走ること約 8 分で、次の昆布駅に到着です。この「昆布」駅は、珍名駅としても割と有名なところですね。ちなみに「コンブ」という単語はアイヌ語でも「コンプ」として借用されたケースもあるようなのですが、この「昆布駅」と「コンブ」は全く関係無いとの説が有力なのだとか。

ニセコ駅(S25)

昆布から、更に尻別川沿いを遡ること約 11 分でニセコ駅に到着です。国鉄時代は「カタカナの駅名」は全国的に珍しく、確かこの駅と、滋賀県の「マキノ駅」くらいしか無かったような、そうでもないような記憶があります(どっちだ)。

今は世界に名だたるブランド地名となった「ニセコ」ですが、この地名(駅名)への改称は紆余曲折あったらしく……。もともと、ニセコのあたりは「真狩村」だったのだそうです(真狩村自体はニセコの東隣に現存します。細川たかしの出身地としても有名ですね)。

その後、真狩村から分村して「狩太村」の戸長役場を設置したところで鉄道が開通し、当初は「真狩駅」と名付けられたのだそうです。

そして、1906 年に二級町村制が施行されたタイミングで、駅名も「狩太駅」という名前に変わります。

ただ、「狩太」(かりぶと)という地名が下ネタを連想させるからか、(当時の)狩太町が国鉄に「ニセコ駅」への改称を陳情、国鉄は「町名の変更後に改名に応じる」としたため、先ず 1964 年に「狩太町」から「ニセコ町」に改名、その後 1968 年に「狩太駅」から「ニセコ駅」への改称が実現した……のだそうです。

いや~、駅名に歴史在りですねぇ~。

比羅夫駅(S24)

ニセコから引き続き尻別川沿いを遡ること約 8 分で、倶知安(くっちゃん)町の比羅夫(ひらふ)駅に到着です。

久々の写真がこんなのですいません(汗)。


「比羅夫」は阿倍比羅夫に由来する地名で、飛鳥時代に阿倍比羅夫が粛慎を討伐した故事に由来する……とされています。

日本書紀によると「阿倍比羅夫」は「後方羊蹄(しりべし)に至った」とあるのですが、この「後方羊蹄」が現在の「後志」で、同地の秀峰が「後方羊蹄山」と呼ばれることになったのだとか。どこまで本当なのかなー、と思わないでも無いのですが……。

なお、比羅夫駅は、駅舎を利用した民宿があることでも有名みたいですね。

倶知安駅(S23)

比羅夫からさらに川沿いを遡ること 8 分ほどで、倶知安駅に到着です。


倶知安町は、このあたりではとても栄えている街で、乗り降りするお客さんの数も群を抜いていた……ような記憶があります。かつて国鉄胆振線が分岐していましたが、国鉄民営化の直前に廃止されています。


「スキーの町・くっちゃん」は、広く名の知れた名所も沢山あるようですね。

なお、昆布駅から倶知安駅までは、すべて 1904 年の路線開通時に設置されたものです。一世紀以上変わりが無い(駅が増えたわけでも、減ったわけでも無い)というのは、凄いことですよね。

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