2015年11月21日土曜日

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アイヌ語地名の傾向と対策 (299) 「ナイタイ川・シリクニ川・ウオップ川」

 


やあ皆さん、アイヌ語の森へ、ようこそ。

(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)

ナイタイ川

内外タイムスと言えば「三行広告」で有名でしたが、2009 年 8 月 31 日で「終刊」となっていたのですね。もともとは 1946 年に「華僑向けの新聞」として創刊された(それで「内外」を名乗ったとのこと)らしいのですが、それはあくまで表向きの理由で、実際には読売新聞が GHQ から紙の配給を受ける(横取りする)ためのダミー紙だったのだとか。その後 1949 年に読売新聞の傘下に入っています。

さてナイタイ川です(もはやお約束)。川よりも「ナイタイ高原牧場」のほうが有名かも知れませんね。上士幌町南部を流れる川で音更川に注ぎます。

では、山田秀三さんの「北海道の地名」から。

松浦図ではナイタイ。明治の20万分図,5万分図ではナイタユベと書かれた。
(山田秀三「北海道の地名」草風館 p.315 より引用)

ということで、「東西蝦夷山川地理取調図」を確認してみたのですが、音更川の源流部に「ナイタイヘ」という川が見つかりました。ただ、他の川との位置関係を見てみると、現在の「ナイタイ川」とは別の川であるように見受けられます(位置が違うのみならず、現在のナイタイ川は西から東に注ぐ川ですが、東西蝦夷──では東から西?に注ぐように描かれています)。

そして山田さんの言う「ナイタイ」という川は結局見つけることができませんでした。「戊午日誌」に少しだけ記載があったので、念のため見ておきましょうか

またしばし過て
     ナイタイベ
左りの方小川。其名義不解也。
(松浦武四郎・著 秋葉実・解読「戊午東西蝦夷山川地理取調日誌 下」北海道出版企画センター p.287 より引用)

本文には「其名義不解也」とありますが、トーチュウ……じゃなくて頭注には「nay 川」「ta 多し」「yup 蝶鮫」とあります。「ta」が「多し」というのは少々首をひねるところですが、念のため「北海道の地名」に戻ってみましょうか。

永田地名解は「ナイタユベ。nai-ta-yube。川鮫。川鮫多し」と書いた。
(山田秀三「北海道の地名」草風館 p.315 より引用)

確かに、p.311 に「ナイ タ ユベ」とありますね。

ナイタイベの形は,石狩川の神居古潭のすぐ下の内大部,十勝川上流の内大部等があり,どれも語義がはっきりしていない。
(山田秀三「北海道の地名」草風館 p.315 より引用)

十勝川上部にも「内大部」があるとのことですが、少し探した限りでは見つけることができませんでした。どの辺にあるのでしょうね……。

深川の「内大部川」

さて、引用部に「石狩川の神居古潭のすぐ下の内大部」とありますが、これは旭川市と深川市の境を流れる「内大部川」のことですね。かつて国鉄芦別線となる予定の路線が工事されたところです。こちらの「内大部川」については、知里さんが「上川郡アイヌ語地名解」で次のように記しています。

 内大部川(ないたいべがわ) アイヌ語「ナイタイペ」(Náitaipe)。「ナイ・タ・ユペ」(Nai-ta-yupe 沢・の・蝶鮫) の義で, 石狩川の絶壁の下で捕った蝶鮫を舟でこの沢へ運び入れて陸へ揚げたのでこの名がついたという。
(知里真志保「知里真志保著作集 3『上川郡アイヌ語地名解』」平凡社 p.314 より引用)

ここまでは今回の「ナイタイ川」の解ともほぼ同じなのですが、深川の「内大部」については別の可能性も検討していたようでした。

或は「ナイ・エタイェ・ベツ」(Nai-etaye-pet 沢の・頭がずっと奥へ行っている・川)などの転訛か。
(知里真志保「知里真志保著作集 3『上川郡アイヌ語地名解』」平凡社 p.314 より引用)

深川の内大部川は神居山とイルムケップ山の間の新城峠が水源で、それほど「奥へ行っている」という感じもしないのですが、あるいは支流の「オロエン川」のことを指していたのかも知れませんね。オロエン川の水源は神居山の南東部なので、「頭がずっと奥へ行っている」という表現も割としっくりと来ます。

まとめ

上士幌町のナイタイ川に戻りますが、こちらも他の川と比べると比較的山奥まで伸びているようにも見えます。そんなことから鎌田正信さんも「道東地方のアイヌ語地名」にて「ここもこの解のほうが、現地に合っているのでなかろうか」と記していました。

というわけで、nay-etaye-pe を推したいところですが、古くから伝わる nay-ta-yupe を一方的に捨て去るのもどうかな……と思われるので、ここは両論併記で。nay-ta-yupe で「沢・の・チョウザメ」か、あるいは nay-etaye-pe で「沢・頭がずっと奥へ行っている・もの」ということで。どちらかと言えば後者推しです!

シリクニ川

思いの外「ナイタイ川」で文字数を取られてしまったので(多少は内外タイムスのせいかと)、あっさりと行きましょう。「シリクニ川」は「ナイタイ高原牧場」のあたりを流れる川で(あれ?)、音更川と並流する形で北から南に流れますが、士幌町で音更川と合流しています。

おや、これは何だろう……と思ったのですが、「北海道地名誌」に記載が見つかりました。

 シリクニ(シュルクウニ)川 サンケウオップ川の東を並行して流れ下流は士幌町で音更川に入る支流。アイヌ語「スルク・ウニ」は毒(とりかぶと)のあるところの意。
(NHK 北海道本部・編「北海道地名誌」北海教育評論社 p.599 より引用)

あー、なるほど。「シルクニ」だと意味不明でしたが「シュルクウニ」だと一目瞭然ですね。surku-un-i で「トリカブトの根・ある・ところ」と見て間違い無さそうです。

東西蝦夷山川地理取調図にも「シユルクニ」という川が記録されているのですが、「シユルクニ」から見てかなり上流に「ナイタイヘ」があったのでした。両者があまりに離れているので、「ナイタイヘ」は「ナイタイ川」では無いとの推論に達しています。

ウオップ川

シリクニ川の西側を「サンケウオップ川」が並流していて、音更川に合流する 1 km ほど手前のところで「ウオップ川」と合流しています。「戊午日誌」に記載があったので、早速見てみましょう。

また高山の間しばし分行や
     ウヲツヒ
同じく左りの方小川。名義不解也。
(松浦武四郎・著 秋葉実・解読「戊午東西蝦夷山川地理取調日誌 下」北海道出版企画センター p.286-287 より引用)

これまた「名義不解也」とありますが、東スポ……じゃなくて頭注には「u 並んで」「ot 群在する」「pi 石」と書かれています。なるほど、確かにそう読み解けなくも無いですね。

では、続いて伝統と信用の永田地名解を見てみましょう。

Uop   ウオㇷ゚   ?
(永田方正「北海道蝦夷語地名解」国書刊行会 p.311 より引用)

気持ちは良くわかりますが、幸いな事に続きがありました。

松浦地圖「ウヲツヒ」ニ作ルハ誤ナリト「アイヌ」云フ
(永田方正「北海道蝦夷語地名解」国書刊行会 p.311 より引用)

「意味はさっぱりわからないけど、とりあえず『ウヲツヒ』は違うと聞いたよ」という記録ですね。まぁ、これはこれで貴重な記録と言えそうです。

さて、地図をよーく見るとあることに気がつきます。ウオップ川を水源から河口に向かって見てみた場合、パラメム川およびペイトル川と合流した後で、最後にサンケウオップ川と合流して音更川に注いでいます。

言い方を変えると、「ウオップ川」と「サンケウオップ川」は同一系統の川ではありますが、流域の殆どで別の川として存在しています。つまり、何故にこのニ川が「兄弟川」となったのかを考える必要があるような気がするのです。

「ウオップ川」が「パラメム川」「ペイトル川」よりも強く「サンケウオップ川」と結びつくものが一つ見つかりました。実は、両川の水源はとても近いのですね。この図で言えば、左下(南西)がウオップ川で上(北)がサンケウオップ川です。

(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)

仮に、この地理的特徴が川名の由来だったら……。e-u-o-p で「頭・お互いに・存在する・もの」と考えられなくは無いかな……なんて。

この川は少し上ると,殆ど同じくらいの二川が合流している。あるいはウ・オ・ㇷ゚(互いに・ある・もの)ぐらいの言葉ででもあったろうか。
(山田秀三「北海道の地名」草風館 p.315 より引用)

確かにそういう解釈もできますね……(汗)。ただ、手前味噌ではありますが、試案のほうが地名(川名)としての実用性も高いと思うので、是非ご検討頂きたく……(何を)。とりあえずは u-o-p で「互いに・存在する・もの」としておきましょう。

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