2015年11月1日日曜日

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北海道のアイヌ語地名 (294) 「ニセイチャロマップ川・ヤンベタップ川・大雪山」

 

やあ皆さん、アイヌ語の森へ、ようこそ。
(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)

ニセイチャロマップ川

nisey-char-oma-p
断崖・口・そこにある・もの
(典拠あり、類型あり)
国道 39 号で石北峠から層雲峡を目指す場合は、本流ダムの少し先で「新大函トンネル」を通ることになりますが、ニセイチャロマップ川は新大函トンネルから見て石狩川寄りにあった旧トンネルのあたりで石狩川に合流します。大函のあたりは地形図で見てもかなり峻険な地形のようです。

では、山田秀三さんの「北海道の地名」を見てみましょうか。

ニセイチャロマップ川
 大函のすぐ上の処で,東から来て石狩川に入る川の名。nisei-char-oma-p「峡谷の・口・にある・もの(川)」の意。
(山田秀三「北海道の地名」草風館 p.104 より引用)
はい。nisey-char-oma-p で「断崖・口・そこにある・もの」と考えられそうですね。

またニセイパロマペッとも書かれた。口はチャロ(char)ともパロ(par)ともいう。方言差らしいが道央のあたりでは両方で残っている場合によく出あう。
(山田秀三「北海道の地名」草風館 p.104 より引用)
そう言われてみればその通りですね。char は弟子屈の「屈斜路湖」や白糠の「茶路」、あるいは浜頓別の「クッチャロ湖」なんかが思い出されますし、par だと札幌近郊の「茨戸」や湧別の「芭露」あたりが思い起こされます。これも地理的な分布を調べてみると面白いかも知れませんが、ちょっとサンプルが不足しそうな気もします……。

アイヌ時代にニセイ(峡谷)と呼ばれた処はこの辺から始まって,ニセイケシオマップ川(ニセイケショマプ)の辺までのことであったろう。それが今の層雲峡である。
(山田秀三「北海道の地名」草風館 p.104 より引用)
あ。言われてみれば当然の話だったのですが、迂闊にも気がついていませんでした。ニセイチャロマップ川の下流部(石狩川に合流する手前の部分)よりも、合流したあとのほうが断崖絶壁が続く地形だったのでした。ですので、「ニセイチャロマップ」は、平たく言うと「この先絶壁に入ります」という意味になるんですね。

ちなみに、国道 39 号はルベシナイ川沿いから武華トンネルを抜けて「ペンケチャロマップ川」沿いを大雪湖に向かいますが、その「ペンケチャロマップ川」の支流に「ニュウチャロマップ川」という川があります。意味がどうにも掴めずにいるのですが、ni-us-{char-oma-p} で「木・多くある・チャロマップ川」あたりでしょうか……?

ヤンベタップ川

yam-pe-ta-p
冷たい・水・汲む・ところ
(典拠あり、類型あり)
大雪山連峰の東側に「大雪高原温泉」という温泉があるのですが、この温泉のあたりから東に向かって流れて石狩川に合流する川の名前です。

では、今回は NHK 北海道本部編の「北海道地名誌」を見てみましょう。

ヤンベタップ川 大雪高原温泉から流れる石狩川支流で,アイヌ語の冷たい水をくむ川の意と思う。
(NHK 北海道本部・編「北海道地名誌」北海教育評論社 p.326 より引用)
なるほど。yam-pe-ta-p で「冷たい・水・汲む・ところ」なのですね。ta というのはなかなか便利な動詞で、知里さんの「小辞典」によると「打つ」「断つ」「切る」「掘る」「汲む」と言ったニュアンスで使うことができるのだとか。地名だと ta-us-ita-p として現れる場合が多いですね。後者だと「霧多布」なんかがそうでしょうか。

ヌタプカウシペ(大雪山)

nutap-ka-us-pe
湿原・の上に・ある(いらっしゃる)・もの
(典拠あり、類型あり)
アイヌ語の地名は川名につけられたものが多く、川の名前と比べると山につけられた名前はとても少ないのですが、大雪山には固有の名前が残っていたようでした。もっとも、東西蝦夷山川地理取調図には「石狩岳」とあったりするので、あれ? と思ったりもするのですが……。

「ヌタㇷ゚カウㇱぺ」の「再発見」は、知里さんの「上川郡アイヌ語地名解」に記されています。さっそく引用してみましょう。

 ヌタプカウシペ(Nutap-ka-ush-pe 「川の湾曲部内の地・の上に・いつもいる・者」)「川の湾曲して流れている所の内部の土地の上にいつもいる(或はいらつしやる)者」の義。
(知里真志保「知里真志保著作集 3『上川郡アイヌ語地名解』」平凡社 p.332 より引用)
はい。nutap-ka-us-pe と見て良さそうですね。解については後回しにして、もう少し知里さんの記述を見ておきましょう。

この山はアイヌの崇拝の対象になっていて,「ヌタプカムイシリ」(Nutap-kamui-shir「川の湾流部内の・神・山」)とも称する。この両者が混合して「ヌタプカムシペ」となり,和人はそれをさらに甚しく訛って「ヌタップカムシュッペ」,或は「ヌタクカムウシュペ」などとして「頬の山」などと俗解するに至った
(知里真志保「知里真志保著作集 3『上川郡アイヌ語地名解』」平凡社 p.332-333 より引用)
なるほど。ka-uskamuy が中途半端に混同されてしまったということでしょうか。

山田秀三さんは、知里さんの地名解を引用した上で、次のように記しています。

 山名がヌタㇷ゚カウㇱペということはそれでよく分かるが,ヌタプ(nutap)という言葉は土地によっていろいろと意味が違っていて,どうも難しいのであった。確かに川がぐるっと回っていて,それに包まれるようになった場所をヌタㇷ゚という土地が多いが,石狩川上流の大雪山下ではそれらしい地形を見たことがないので解しかねていた。
(山田秀三「北海道の地名」草風館 p.105 より引用)
そうなんですよね。ということで知里さんの「小辞典」から再度引用してみます。

nutap, -i ヌたㇷ゚ ① 川の彎曲内の土地。 ②【ナヨロ】山下の川ぞいの平地。③【サマニ】川ぞいの岩崖の上の平地。kim-un-~ 山奥の峰の上の岩原。
(知里真志保「地名アイヌ語小辞典」北海道出版企画センター p.70 より引用)
この、謎の nutap について、山田さんは次のように記しています。

 石狩川上流に行った時に,同行してくれた近文の尾沢カンシヤトク翁に,どこかにそのヌタㇷ゚がないでしょうかと尋ねたら,「あのヌタㇷ゚は山の上の湿原のことだと聞いています。一段高くなった山の上に広い湿原(nutap)があって,更にその上に聳えている山だから,ヌタㇷ゚・カウㇱ・ぺというのだと私たちは思っていました」との答えだった。それなら地形的にはぴったりである。
(山田秀三「北海道の地名」草風館 p.105 より引用)
これは実にしっくり来る解ですね。確かに大雪山の麓にはとても多くの沼があります。nutap を「湿原」と解するのは、もしかしたら nup と混同しているのかな? と思わないでも無いのですが、「川の湾曲内の土地」自体が湿地帯であることも多いでしょうから、連想的な解釈もアリなのかもしれません。

ということで、少々 nutap の解釈に謎は残りますが、nutap-ka-us-pe で「湿原・の上に・ある(いらっしゃる)・もの」としておきましょう。

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