2015年12月6日日曜日

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アイヌ語地名の傾向と対策 (304) 「咾別・猿別・茂発谷川」

 


やあ皆さん、アイヌ語の森へ、ようこそ。

(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)

咾別(いかんべつ)

幕別町北部、国道と JR の間を流れて旧利別川に注ぐ小河川の名前です。川名はカタカナですが(イカンベツ川)、もともとこの辺りに「咾別村」(いかんべつ──)という村があったのですね。

幕別町 まくべつちょう
 十勝川南岸,東は利別川合流点の近くから西は札内川川口まで,南は町内諸川の源流までの土地である。明治39年幕別,止若,咾別,白人,別奴の5ヵ村が合して幕別村を作り,村役場を旧幕別村内の猿別市街に置いたのが始まりであったが,まもなく止若の市街が発達したので役場は止若市街に移転し,そこが町の中心と変わった。
(山田秀三「北海道の地名」草風館 p.305 より引用)

さて、そんな「咾別川」こと「イカンベツ川」ですが、「北海道地名誌」に記載がありました。

 咾別川 (いかんべつがわ) 旧途別川に入る左小川。意味不明。
(NHK 北海道本部・編「北海道地名誌」北海教育評論社 p.630 より引用)

……。ロックですね。

幸いなことに、戊午日誌に次のような記述がありました。

しばし下るや凡八丁計にして
     イヽカンベツ
左りの方相応の川也。其名義は不解也。此処人家十軒計も有る也。
(松浦武四郎・著 秋葉実・解読「戊午東西蝦夷山川地理取調日誌 下」北海道出版企画センター p.295 より引用)

「其名義は不解也」とありますが、頭注に「イカ 溢れて」「ウン いる」「ペツ 川」とあります。なるほど、ika-un-pet なのか……と思ったのですが、もしかしたら ika-an-pet なんじゃないかな、と思えてきました。あるいは i-ika-an-pet で「そこを・越える・我ら……する・川」即ち「我々が越える川」と解せるのじゃないかな、と。

猿別(さるべつ)

根室本線は幕別駅と利別駅の間で十勝川を渡りますが、そのすぐ上流部で十勝川と合流している川が「猿別川」という名前です。地名としては幕別の市街地から見て西側の川向うのあたりを指すようですね。「北海道の地名」にも、幕別村の役場はもともと猿別の地に置かれたとありますが、程なく現在の幕別駅近くに移転しているようです。

猿別川自体はとても長い川で、上流部は更別村です。この「更別」も、「猿別」の「猿」の字を忌避して「更」に変えた……なんて話もあるようですね。猿別川の支流に「サラベツ川」があるのも話を余計にややこしくしている感があります。

では、今回も山田秀三さんの「北海道の地名」から。

猿別市街は川の左岸,根室本線沿いの場所。昔は猿別川の川口の処だったろうか。明治30年幕別外6村戸長役場がここに置かれ,同39年幕別村となってもここに村役場があったが,後に役場や学校が止若に移されてからさびれたのだという。
(山田秀三「北海道の地名」草風館 p.305 より引用)

十勝川が別奴(札内近郊)のあたりで南北に分流していた、という話は昨日の記事にもある通りなのですが、現在の「旧途別川」が南流の跡だった可能性もありそうですね。ということで……

 猿別はサル・ペッ(sar-pet 葭原・川)で,猿別市街の辺が葭の生える湿原であった処から出た名であろうか。

「猿別」の意味は実に単純明快だったようで、sar-pet で「葭原・川」だと見て良さそうですね。あるいは知里さん的な考え方であれば sar(-un)-pet で「葭原(・ある)・川」になるかもです。

茂発谷川(もあちゃ──)

猿別川の西支流の名前です。地理院地図には「もあちゃ──」とルビが振られていたのですが、山田秀三さんの「北海道の地名」には「もはちゃ,もあちゃ,もはっちゃ」と 3 通りの読みが併記されていました。

少々謎めいた地名(川名)のようで、調べているうちに段々訳がわからなくなってきました。ということで今回は山田秀三さんの旧著「北海道の川の名」から。

 猿別川の西支流。現在の五万分図には茂発谷と書いてモアチヤと振り仮名がしてあるし、明治の測量図では、単に仮名でモアチヤとなっている。
(山田秀三「北海道の川の名」モレウ・ライブラリー p.137 より引用)

はい。そして「東西蝦夷山川地理取調図」にも「モアチヤ」と記されていました。地名伝承のブレは少なそうな感じに思えます。

〔永田地名解〕モアチャ(Moacha 太蒲)
 モアチャはモ・アチャ(小さい・おじさん)と聞える。それだけでどうして「太蒲」になるのか、またどうして茂発谷などという字があてられたのか分らない。
(山田秀三「北海道の川の名」モレウ・ライブラリー p.137 より引用)

改めて考えてみれば「茂発谷」で「もあちゃ」と読ませるのも相当無茶な感じがしますよね。そして永田地名解の「太蒲」という解釈にはなかなか辿りつけなかったりします。山田さんが記したように、mo-acha であれば「小さい・叔父(伯父)さん」と解釈するのが妥当に思えるのですね。

ご存知の通り、アイヌは「地形の擬人化」が大好きなので、「小さな叔父さん川」というネーミングがあっても特段不思議では無いのですが、類例が多くないのも事実なので、少々戸惑っているところです。

なお、知里博士『植物篇』には ahacha で「やぶまめ」の意になるように書いてある。この辺では語頭の h は省かれるくせがある。参考まで。
(山田秀三「北海道の川の名」モレウ・ライブラリー p.137 より引用)

参考情報が出たので、私からも試案を。「アチャ」を at-cha で「オヒョウの樹皮・刈る」と解釈することはできないでしょうか(おそらく -us-i あたりが下略された形なのではないかと)。mo-at-cha(-us-i) で「小さな・オヒョウの樹皮・刈る(・いつもする・所)」という考えなのですが、いかがでしょうか。

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