2016年5月29日日曜日

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アイヌ語地名の傾向と対策 (343) 「ペンケオニケムシ川・パンケベツ沢川・セタウシ山」

 


やあ皆さん、アイヌ語の森へ、ようこそ。

(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)

ペンケオニケムシ川

静内川の上流部には「高見ダム」というダムがあるのですが、そのダム堤のすぐ北側に注いでいる支流の名前です。おそらく「パンケオニケムシ」もある筈で、すぐ南側の谷がそれに当たるのではないかな、と思います(地理院地図では川として扱われていない)。

さて、「オニケムシ」と言われたら鬼のような毛虫しか想像できないのですが、実はこちら、かなり困った物件でした。まずは東西蝦夷山川地理取調図ですが、「ハンケヲニチミフ」そして「ヲニチミフ」とあります。かなりイミフな感じです(ぉぃ)。

「ペンケオニケムシ川」と「パンケ──」を比較すると、明らかに「ペンケ──」のほうが流長があるので、「ペンケ──」を本流だと見做したのだと思われます。ただ、「ヲニチミフ」と「オニケムシ」では、どこがどのように訛ったのかも良くわかりません。

東蝦夷日誌にも記載がありました。

ヲニチブシケ(左)、ベンケチブシケ(同)爰(ここ)には櫛齒の如き数本立並びたる石有と。
(松浦武四郎・著、吉田常吉・編「新版 蝦夷日誌(上)」時事通信社 p.173 より引用)

今度は「ヲニチブシケ」となりました。しかも短いはずの「パンケ」が本流扱い?されています。あと「ベンケチブシケ」がこの先大問題になりますのでご注意を。

戊午日誌「東部志毘茶利志」にも記載がありました。

またしばし過て
     ハンケヲニチフシケ
     ヘンケヲニチフシケ
等二川とも左りの方也。魚類は鱒と鯇と有るとかや。其名義は櫛の如き岩有るによつて号るとかや。
(松浦武四郎・著 秋葉実・解読「戊午東西蝦夷山川地理取調日誌 下」北海道出版企画センター p.614 より引用)
今回は「ヲニチフシケ」となりました。濁点に違いはありますが、ようやく落ち着いてきた感じですね。

そして、虫大好きの永田地名解には次のようにありました。

Onichimshbe  オニチム シュベ  ?
(永田方正「北海道蝦夷語地名解」国書刊行会 p.256 より引用)

さすがのナガタ・ホオセイさんも今回は伝家の宝刀を抜くしか無かったようです。

さて、ここまで見てきた感じでは、次のようなバリエーションがありました。

ヲニチブシケ
ベンケチブシケ
ハンケヲニチフシケ
ヘンケヲニチフシケ
オニチム シュベ
ペンケオニケムシ川

さあ、どうしましょうか(汗)。「ペンケオニケムシ」は明らかにズレてるっぽいので一旦外すとして、あとは全てをざっくり検討するしか無いですかね。

地名の意味を調べる意味で最も基本となる「音」が確定できないとなっては、「意味」から逆に攻めていくしかありません。意味について明確に記しているのは戊午日誌の「櫛の如き岩有る」くらいなので、そこから見るしかないですね。

髪の毛を整える「櫛」は kiray と言います。服部四郎さんの「アイヌ語方言辞典」を見た感じでは、北海道から千島・樺太に至るまで広く使われていた語彙のようです。そして「ヲニチフシケ」あるいは「チブシケ」には当てはまらないように見えます。

ですので、「櫛」ではなく「串」だと考えてみるとどうでしょうか。これだと nit という単語があります(「三石」で出てきましたね)。nit の所属形は niti ですので、どうやらこれが当たりのように思えてきました。

但し、この考え方だと東蝦夷日誌の「ベンケチブシケ」を説明することができません。「チブシケ」あるいは「エチブシケ」あたりで解釈を考えてみたのですが、可能性を見いだせる解釈が見当たりませんでした。「ベンケチブシケ」という記録には何らかの誤りがある、と考えるしか無さそうに思えます。

ということで、続いて「フシケ」「ブシケ」あるいは「ム シュベ」に相当する語を探してみましょう。「フシ」であれば -us も検討対象になるのですが、「ブシ」を us と考えるのは少々厳しいように思えます。chip で「舟」というのも考えたのですが、これだと「シケ」の意味が良くわからなくなります。

「ブシケ」を pus-ke と考えて、o-niti-{pus-ke} で「そこに・串・{破れている}」と解釈して見ました(串のような岩が複数あって、その間を破って川が流れているような感じで)。ただ、これだと「オニチム シュベ」から少し遠いので、あるいは o-niti-pus-pet あたりの別解?もあったのかも知れません。

そして「オニチム シュベ」の「チ」が「ケ」に誤記されてしまい、pet を「川」と和訳したと考えると「オニケムシ」になりますね。

パンケベツ沢川

高見湖の北側を流れている支流の名前です。下流部は高見湖の一部になっていますね。panke-pet で「川下の・川」なんだろ? というご指摘もあろうかと思いますが、実はその通りでして……(汗)。

いや、決して「ペンケオニケムシ川」で消耗したからとか楽をしようとか、そういうことじゃ無くてですね……(汗)。

まずは戊午日誌「東部志毘茶利志」を見てみましょう。

またしばし過て
     ハンベツ
左りの方小川也。其名義は下川と云儀也。
(松浦武四郎・著 秋葉実・解読「戊午東西蝦夷山川地理取調日誌 下」北海道出版企画センター p.615 より引用)

はい。実は panke-pet ではなくて pan-pet だったと言うのですね。知里さんの説では、そもそも pan 自体が pa-ne で「川下・である」が合成されたものじゃないかとのことで、pan-pet というのはちょっと古い形のアイヌ語川名なのかな、と思ったりもします。

そして、パンケベツ沢川の支流の名前は今でも「ポンパンベツ沢」です。推測ですが、アイヌ語の地名に少し造詣のある人が「これは pankeke が落とされたのだな」と解釈して panpanke に改めた……と言ったところでしょうか。

「東蝦夷日誌」にも記載がありました。

下川(パンベツ)(左)、上川(ペンベツ)、何れも瀧に成落る。
(松浦武四郎・著、吉田常吉・編「新版 蝦夷日誌(上)」時事通信社 p.173 より引用)

また、永田地名解(虫大好き)にも記載がありました。

Poe pet  ペン ペッ  上川 瀧トナリテ落ツ
Pan pet  パン ペッ  下川 瀧トナリテ落ツ
(永田方正「北海道蝦夷語地名解」国書刊行会 p.256 より引用)

永田さん……。パクりましたね?(汗)

セタウシ山

高見湖の東側にそびえる標高 859 m の山の名前です。東西蝦夷山川地理取調図を見ると静内川の支流として「セタウシ」という川も描かれていますが、どの川を指しているのかは特定できませんでした。何となく「セタウシ山」頂上から真西に流れていく川かなぁ、と思ったりはしますが……。

この「セタウシ山」ですが、「東蝦夷日誌」には「セタウシ岳」と記されています。また戊午日誌「東部志毘茶利志」にも記載がありました。

過て
     セタウシ
右の方尖りし高山一ツ有。其名義は狼の洞が有るによつて号るとかや。
(松浦武四郎・著 秋葉実・解読「戊午東西蝦夷山川地理取調日誌 下」北海道出版企画センター p.617 より引用)

ふーむ。seta と言えば「犬」という印象があったのですが、ここでは「狼」とされていますね。

一方で、永田地名解には次のようにありました。

Shietai ushi  シェタイ ウシ  大山
(永田方正「北海道蝦夷語地名解」国書刊行会 p.255 より引用)

うーん。これまたちと謎な感じの解が出てきましたね。萱野さんの辞書によると si-etaye だと「引っ込む」という意味だそうですが、etaye で「引っ張る」と言う意味にもなるそうなので、「大いなる・引っ張る・いつもする・もの」という解釈もできなくは無いようなできないような(どっちだ)。

更科さんの「アイヌ語地名解」にも言及がありましたので、見ておきましょうか。

 セタウシ山
 静内町と三石町の境の山。セタは犬であるのがここでは狼のこと、ウㇱは沢山いるの意。
(更科源蔵「更科源蔵アイヌ関係著作集〈6〉アイヌ語地名解」みやま書房 p.84 より引用)

あ、思った以上に普通の解でしたね(汗)。永田地名解の「シェタイ ウシ」はちょっと謎な感じがするので、ここはやはり seta-us-i で「狼・多くいる・ところ」と考えるのが自然ではないでしょうか。

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