2016年4月23日土曜日

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アイヌ語地名の傾向と対策 (335) 「辺訪川・延出川・ヌサウシ川」

 


やあ皆さん、アイヌ語の森へ、ようこそ。

(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)

辺訪川(べぼう──)

三石川のランドマーク「蓬萊山」のあたりで合流する支流の名前です。「辺訪」を「べぼう」と読ませるのは中々変わっていますが、字ごとに分解して考えてみると「訪」が濁って「ぼう」になるのが少し無茶かな? と思えるくらいで、実はそれほど無理矢理でも無いような感じがします。

戊午日誌「東部美登之誌」には次のようにありました。

其向ふの方
     キムンヒハウ
左りの方小川。此処キムンヒハウとイマニトカクシナイと対合する也。其名義は山の方に有蚌多きと云よし也。此処より上凡弐十丁余の平原也。
(松浦武四郎・著 秋葉実・解読「戊午東西蝦夷山川地理取調日誌 下」北海道出版企画センター p.522 より引用)

はい。今は単なる「辺訪川」ですが、元々は kim-un-pipa-us(-i) で「山の方・そこにある・カラス貝・多くある(・ところ)」だったようです。

アイヌ語の地名はその特色・特性をあるがままに表すので、近くで同じ地名(川名)がかぶることが多いのですが、そういった時には別の属性をかぶせて区別していたみたいです。今回の kim-un(山のほうにある)と pis-un(浜のほうにある)もそうですが、panke(川下のほうの)と penke(川上のほうの)なんかが代表的ですね。

ということで、前回の「ピシュンベボウ川」をご覧頂いた方にはバレバレの内容をお届けしました。

延出川(のぶしゅつ──)

日高本線・蓬栄駅の北で三石川に合流する西支流の名前です。この川名を見た時は、「増毛の『信砂』(のぶしゃ)と似てるなぁ」と思ったのですが、さてどうなりますか。

今回も戊午日誌「東部美登之誌」を見てみましょう。

またしばし過て
     ヌブシユツ
左りの方小川。其名義は濁川にして泥計のよし号し也。然し水は至てよきよりして鮭も上り、また鯇も上る也。其源はシヤマツケイワより落るとかや。
(松浦武四郎・著 秋葉実・解読「戊午東西蝦夷山川地理取調日誌 下」北海道出版企画センター p.522 より引用)

nup-suop で「泥炭の原野・箱」とでも解釈したのでしょうか。ただ「然し水は至てよき」とも記していますから、薄々「変だな」と感じていた節も伺えます。「其源はシヤマツケイワより落るとかや」というのも変だなぁと思ったのですが、この「シヤマツケイワ」は「社万部山」のことではなくて、現在の「北横山」「横山中岳」「南横山」からなる連峰のことなのかも知れませんね。samatki-iwa で「横たわった・霊山」ですから、そういう意味では「横山」もアイヌ語由来の地名と言えなくも無いですね。

ところで横山たかし・ひろしと言えば(以下略

……気を取り直して。「延出川」でしたよね。永田地名解には次のようにありました。

Nup shut  ヌㇷ゚シュッ  野傍 延出村
(永田方正「北海道蝦夷語地名解」国書刊行会 p.265 より引用)

ふむ。少し「のぶしゅつ」に近づきましたね。続いて更科源蔵さんの「アイヌ語地名解」から。

 延出川(のぶしゅつがわ)
 三石川右支流。ヌㇷ゚・シュツで、原野のもとの意と思う。
(更科源蔵「更科源蔵アイヌ関係著作集〈6〉アイヌ語地名解」みやま書房 p.85 より引用)

そうですね。nup-sut で「原野・麓」と解釈したようですが、概ね妥当な解なんじゃないかなーと思います。

ちなみに、増毛の「信砂」の由来も nup-sut では無いかと言われています。ヤマカンが当たった感じですね。

ヌサウシ川

松浦武四郎も戊午日誌で記したように、延出川はシヤマツケイワ(横山)に源を発しています。延出川は上流部で二つに分かれていますが、東側の支流が「ヌサウシ川」です。

道内各所に同名があるので、今更取り上げることもないような気もするのですが……。nusa-us-i で「祭壇・ある・もの(川)」でしょうね。nusa は「祭壇」としましたが、inaw(木幣)を捧げる祭壇のことで、「幣柵」としたほうが実態に即しているのかも知れません。

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