2023年5月6日土曜日

次の投稿 › ‹  前の投稿

北海道のアイヌ語地名 (1034) 「和田牛川」

 

やあ皆さん、アイヌ語の森へ、ようこそ。
(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)
地図をクリックしたら地理院地図に飛べたりします。

和田牛川(わだうし──)

o-watara-us-i
河口・海中の岩・ある・もの(川)
(記録あり、類型あり)
(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)
初田牛川」の西隣を流れる川で、根室市と浜中町の境界を流れています。「東西蝦夷山川地理取調図」(1859) には「ヲワタラウシ」という名前の川が描かれています。「和田牛川」と「初田牛川」の規模は大差ない筈ですが、古い記録では「和田牛川」のほうに重点を置かれているケースが多いのはちょっと不思議ですね。

地理院地図には河口から 150 m ほど遡ったところ(根室市側)に複数の家屋が描かれていて「ヲワツタラウシ」と記されています。1980 年代の土地利用図には根室市に「オワッタラウシ」とありますが、浜中町にも 2005 年まで「大字後静村字ヲワッタラウシ」が存在したとのこと(現在は「浜中町恵茶人えさしと」)。

「立岩のあるところ」説

「初航蝦夷日誌」(1850) には次のように記されていました。

     ヲワタラウシ
番屋有。夷人小屋有。二軒。此処雑魚多きよし。又海参、海草多しと。一宿しける。
松浦武四郎・著 吉田武三・校註「三航蝦夷日誌 上巻」吉川弘文館 p.447 より引用)
前述の通り、地理院地図には現在の和田牛川の河口付近にも二軒の家屋が描かれているのですが、これはまぁ……偶然ですよね。また戊午日誌 (1859-1863) 「東部能都之也布誌」には次のように記されていました。

下るや
     ヲワタラウシ
是も前に似たる如き小湾にて、両岸峨々たる出岬。ヲワタラは立岩磯と云儀。
(松浦武四郎・著 秋葉実・解読「戊午東西蝦夷山川地理取調日誌 上」北海道出版企画センター p.560 より引用)
「ヲワタラは立岩磯」とありますが、o-watara-us-i で「河口・海中の岩・ある・もの(川)」と読めそうでしょうか。

ワタラ? ハッタラ? それともワッタラ?

ちょっとややこしいのが花咲港の東にも「オワッタラウシ」が存在し、こちらは o-hattar-us-i で「河口・淵・ついている・もの(川)」ではないかとされる点です。

「地名アイヌ語小辞典」(1956) を見てみると……

watara ワたラ 【ビホロ; シャリ】 海中の岩。
wattar, -i わッタㇽ 【クシロ;キタミ】淵。(=hattar)
知里真志保地名アイヌ語小辞典」北海道出版企画センター p.143 より引用)
hattar(淵)と watara だけでもややこしいのに、hattarwattar と発音されることもあったのですね。

更にややこしいことに、山田秀三さんの「北海道の地名」(1994) には次のように記されていました。

 初田牛川 はったうしがわ
 和田牛川 わったらうしがわ
 根室市と釧路国浜中町の境を和田牛川が流れていて,そのすぐ東(根室市)側を初田牛川が並流してる。明治のころはその川口に近い処に初田牛駅(駅逓所)があった。現在の根室本線初田牛駅はこの二つの小川の水原の丘陵上である。
(山田秀三「北海道の地名」草風館 p.245 より引用)
「和田牛川」の「わだうし──」という読みは地理院地図で確かめたのですが、「わったらうし──」という読み方もあったのですね。「北海道の地名」も元を辿れば結構昔の本なので、現在では廃れてしまった読み方が堂々と書いてあることがあるので要注意です。

「わったらうし」という読みからは、watara-us-i よりも wattar-us-i のほうが近いのでは……と思われますが、鎌田正信さんの「道東地方のアイヌ語地名」(1995) には次のように記されていました。

前者は川口に立岩があり、後者は川口が渕となっており、両者とも現地と合っている解をしているが、古くからいわれている「海中の岩説」を採りたい。
(鎌田正信「道東地方のアイヌ語地名【国有林とその周辺】」私家版 p.356 より引用)
そうですね。同感です。「和田牛川」が o-watara-us-io-hattar-us-i という二通りの解釈ができてしまう件は、お隣の「初田牛(川)」が hattar-us-i と読めてしまうこともあり、余計に話がややこしくなっている感があります。

前の記事続きを読む

www.bojan.net
Copyright © 1995- Bojan International

0 件のコメント:

新着記事