2012年3月20日火曜日

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懲りずに復活! アイヌ語地名の傾向と対策 (60) 「苗穂・雁来・米里・江別」

 


はい、懐かしのあの企画が帰ってまいりました。「北海道(道東)の旅 2011/春」の旅程をトレースしながら、行く先々のアイヌ語地名を愛でて回ろうというマニアックな企画です。

※ 記事の文中に、一部、現代では差別的に聞こえる表現もあるかも知れませんが、原典の文意を損なわないようそのまま引用しております。あしからずご了承のほどをお願いいたします。



苗穂(なえぼ)

言わずと知れた札幌の隣の駅……でいいんですよね。いや、札幌のあたりの JR 函館本線の駅の乱立っぷりは驚くべきものがありますので。

えーと、今回は、山田秀三さんの「北海道の地名」を見てみましょう。

 旧川名,地名,駅名。苗穂駅の北の処にあった伏篭川の東支流ナイポがこの名の起こりであった。nai-po は川っ子とでも訳すべきか。po は子供で,地名の中ではよく指小辞として使われる。つまり小いちゃな川の意。
(山田秀三「北海道の地名」草風館 p.24 より引用)

はい、nay-po で「川・小さな」という意味で間違いなさそうです。「小いちゃな」という表現が山田さんっぽくて微笑ましいですね。現在では「ナイポ」はおろか、その本流である筈の伏篭川までが暗渠化されてしまっていて、往時の姿を偲ぶのはなかなか難しそうです。

ちなみに、接尾辞 -po がつく地名は、北海道よりも樺太(サハリン)に多いような印象があります。樺太は -pet よりも -nay が多い(ほとんど -nay と言ってもいいのかも)地域で、そのものズバリ nay-po という地名もあったような。個人的に、ちょっと注目しておきたいポイントです。

雁来(かりき)

雁来は苗穂の北に広がる大地名で、札樽道にも「雁来 IC」があります。さて、その意味は……。

 雁来は和名らしい。
(山田秀三「北海道の地名」草風館 p.28 より引用)

ぎゃ。のっけから自爆してしまいましたね。

永田地名解は「ユㇰ・ミンダラ。鹿・庭。秋九月のころ,鹿交尾する時沙地凹み,あるいは毛の抜け代る時草上に転々し草為に伏す処を云ふ。楡樹あり,火災の為に枯る。故に和人枯木と呼びたりしが今雁木村と称す」と書いた。
(山田秀三「北海道の地名」草風館 p.28 より引用)

ほうほう。あ、「楡」は「ニレの木」のことです。楡の木の樹皮からはいい繊維ができるので、アイヌに珍重されたのでした。で、yuk-mintar は確かに「鹿・庭」なのですが、知里真志保さんの「地名アイヌ語小辞典」を見ると……

mintar, -i みンタㇽ ① ((常)) 庭。aun-~屋内の土間。soy-un-~戸外の庭。②山野においてシカ・クマなど発情期のものが踏み荒して地面くぼみ,草などが倒れ伏しているような場所。そのような場所へ立ち入ることは禁忌である。③山上にある古代の祭場。→kamuy-mintar.
(知里真志保「地名アイヌ語小辞典」北海道出版企画センター p.59 より引用)

ほうほう。珍しく? 永田方正翁と知里さんの見解が一致していますね。

さて、「楡の木があったけれど火事があって枯れてしまったから、『枯木』が転じて『雁来』になったのだ」というのが永田説の骨子ですが、山田さんはこれに対して

 札幌村史は,元来樹木繁茂の地でないから枯木説は誤りであろうと書いた。新しい和名の方が意味が分からなくなっているのだった。
(山田秀三「北海道の地名」草風館 p.28 より引用)

と書いています。確かに、雁来のあたりは湿地状の泥炭地が多かったでしょうから、楡の木説は微妙かもしれませんね。

米里(よねさと)

ここも通るたびに、某ロシア語通訳のあの人を思い出して気になっていたので、これを機に由来をちぇけら! というわけで……。えー、地名としてはマイナー過ぎるのか、山田秀三さんの「北海道の地名」には収録されていないので、いつもの「角川──」(略しすぎ)の出番です。

〔近代〕昭和25年~現在の町名。昭和47年までは白石町を冠称。はじめ札幌市,昭和47年からは札幌市白石区の町名。もとは白石村大字白石村・上白石村の各一部,米里。
(竹内理三・編「角川日本地名大辞典 1 北海道(上巻)」角川書店 p.1598 より引用)

はい。……え? えっ? これだけ?

どうやら二連続で自爆してしまったようです。すいません。「米里」の由来は「不明」ということで……。どなたか優しい人がフォローしてくださるでしょう、きっと。

江別(えべつ)

「アイヌ語地名の──」と言いながら、「雁来」は明らかに和名でしたし、「米里」に至っては由来が不明という、何ともお見苦しい記事になってしまっていますが……。でも「江別」くらいの大地名なら間違いないでしょう。何しろ「別」というくらいですから、アイヌ語で「川」を意味する -pet に由来することはほぼ間違いないでしょうし!(← 勝手な思い込みの例)

というわけで、またしても山田秀三さんの「北海道の地名」を牽いてみます。

 類例が少なく解しにくい地名である。
(山田秀三「北海道の地名」草風館 p.41 より引用)

えっ? ……そ、そーなんですね?

松浦武四郎の夕張日誌には「兎唇の如く三つに分かるる処也。依てしか号く」と記す。エペッケ(顔裂けている)という言葉で三ツ口をいい,兎の別称として使った。アイヌの説話的解を伝えたのであろう。
(山田秀三「北海道の地名」草風館 p.41 より引用)

「エペッケ」と聞くとどこかのレコード会社のようですが、e-petke で確かに「みつくち,兎唇,口蓋裂傷」という意味があるようです(萱野さんの辞書による)。もっとも、この解には異論も多く、永田方正翁は

永田地名解は「ユベオッ。鮫居る川」(ユベ・オッ。蝶鮫・たくさんいる。急言すればユベッとなるのであった)と解し、また松浦武四郎の三ツ口は説話であるとし、「当時のアイヌは多く好漁場の地名を秘して語らざるを常とするを以て誤りたるなり」と付記した。
(山田秀三「北海道の地名」草風館 p.41 より引用)

と考えたようです(孫引きですいません。手を抜きました(←))。yupe-ot で「チョウザメ・群居する」という解釈です。つまり、「チョウザメがいる」ということを隠すために、あらぬ解釈をでっちあげた……という「陰謀論」的な考え方ですね。北海道の地名に詳しい方は「あれ、それってどこの江部乙……」と思われるかもしれませんが。

というわけで、「北海道駅名の起源」ではまたも新説が飛び出します。

北海道駅名の起源昭和29年版は新説を出し,「イ・プッから訛ったものと思われ,イ・プッとは(それの・入口)即ち大事なところへの入口を意味しているのだろう」と書き,千歳駅の項で,「千歳は往時文化の大中心地だったので,その北の口をイ・プッ(江別)と言った」と書いた。
(山田秀三「北海道の地名」草風館 p.41 より引用)

今度は i-put で「あれの・口」という解釈のようです。「江」が「イ」とはこれいかに? という話になりますが、

江別は,古い飛騨屋久兵衛図では伊別,上原熊次郎地名考でもイベツであった。
(山田秀三「北海道の地名」草風館 p.41 より引用)

むむむ……。

また昔は上流夕張川のユ(硫黄分の濃い水。ユベともいう)が,この川を流れた。ユ・ペッ(硫黄水・川),ユベ・オッ(硫黄質の水・多い),イェ・ペッ(膿・川),イペ・オッ(魚・多い)の形も考えられる。
(山田秀三「北海道の地名」草風館 p.41 より引用)

ぎゃあああ……。えーと……(汗)、yu-pet で「温泉・川」かも知れないし、yu-pe-ot で「温泉・水・多くある」かも知れない、あるいは ye-pet で「膿・川」あるいは ipe-ot で「食料(魚)・多くある」かも知れない……と。久しぶりのアイヌ語記事で、いきなり超難問を引いてしまったようです。

難しい地名である。
(山田秀三「北海道の地名」草風館 p.41 より引用)

というわけで、斯界の碩学にも駄目押しされました(笑)。

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