2012年12月15日土曜日

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アイヌ語地名の傾向と対策 (97) 「初無敵・冬窓床・跡永賀」

 


みんな大好き「釧路町のアイヌ語地名」第 4 弾です!



初無敵(そむてき)

入境学の少し西に位置する海岸部の地名……でいいのでしょうか。国土地理院の地形図を見た限りでは、そのような扱いになっています。

釧路のアイヌ語地名は向かうところ敵無しの勢いですが、とりあえず更科源蔵さんの「アイヌ語地名解」を見てみましょうか。

 釧路町海岸。とてもまともに読むことができない当て字である。
(更科源蔵「更科源蔵アイヌ関係著作集〈6〉アイヌ語地名解」みやま書房 p.267 より引用)

わっはっは(お約束)。ということで続きです。

アイヌ語の地名のあったのは一キロ以上東の入境学(にこまない)の付近で、東に山をひかえた静かな浦。アイヌ語のト・ウン・テㇰ(沼であるような)で、海の静かなところのことである。
(更科源蔵「更科源蔵アイヌ関係著作集〈6〉アイヌ語地名解」みやま書房 p.267-268 より引用)

うーみゅ、これまたあまり目にしないタイプのアイヌ語地名ですね。to-un-tek で「沼・そこにある・のようである」ということですね。

ちなみに、永田地名解では……

Tontek-i  トンテキ  海沼 海浪平ニシテ沼水ノ如シ故ニ名ク、直譯穩處
(永田方正「北海道蝦夷語地名解」国書刊行会 p.331 より引用)

となっています。トンテキだそうです(笑)。

冬窓床(ぶゆま)

トンテキ……じゃなくて初無敵の西にある地名です。近くに「ローソク岩」があります。これまた全く想像もつかないので、更科源蔵さんの「アイヌ語地名解」を見てみましょう。

 跡永賀部落の岬の蝋燭岩が、昔は鍋鉉のように穴のある岩であったのが、一方が欠けてしまったという。この岬のかげをプイ・モイ(穴の入江)といったのに当字をしたもの。
(更科源蔵「更科源蔵アイヌ関係著作集〈6〉アイヌ語地名解」みやま書房 p.266 より引用)

道内には「冬島」とか「窓岩」といった地名があるようですが、いずれも puy (穴)に由来する地名ですね(「窓岩」は意訳ですが)。冬窓床の場合は puy-moy で「穴・入江」という通りで良さそうなのですが、むしろ何故「冬窓床」という、二重窓と床暖房のような字になってしまったのかが気になります。

跡永賀(あとえが)

冬窓床の北西にある地名です。ここも例外なく、崖と崖の間のわずかな平野部に集落があります。

久しぶりに山田秀三さんの「北海道の地名」から。

 釧路町の大字名。仙鳳趾の西側の大字である。跡永賀の部落は分遣瀬から 6 キロ西で,大海崖の間の小沢の口の処。東蝦夷日誌は「アトエカ。高き処より海を見越して眺ると云儀か」と書き,永田地名解は「アトゥイ・オカケ。海跡。往古海中なりしが,今沙湾に変ず。故に名く。跡永賀村」と書いた。
(山田秀三「北海道の地名」草風館 p.261 より引用)

永田地名解の atuy-okake というのも少々気になりますが、「あとえが」という音からは、松浦説の atuy-ka で「海・岸」のほうがしっくり来ますね。

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