2016年12月24日土曜日

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アイヌ語地名の傾向と対策 (401) 「オバウス沢川・頗美宇川・ヤチセ沢川」

 


やあ皆さん、アイヌ語の森へ、ようこそ。

(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)

オバウス沢川

o-pa-us-chep-ot-nay
尻・川下・につけている・魚・多くいる・沢


厚真川の東支流であるウクル川に注ぐ支流の名前です。ちなみにこの「オバウス沢川」と「ウクル川」の間に「姨失山」(うばうし──)という山もあります。

戊午日誌「東部安都麻誌」に記載があった……のは良かったのですが。とりあえず見てみましょうか。

また少し上
     ヲハユシナイ
左りの方小川。本名はヲハウシチエホツナイと云よし。
(松浦武四郎・著 秋葉実・解読「戊午東西蝦夷山川地理取調日誌 中」北海道出版企画センター p.467 より引用)

とまぁ、ここまでは良いのですが、

是魚を取り腸を切、此処の小屋に干置し処、煤にて黒く成りしと云儀なるとかや。
(松浦武四郎・著 秋葉実・解読「戊午東西蝦夷山川地理取調日誌 中」北海道出版企画センター p.467 より引用)

……え? 魚の腸が煤で黒くなったって? 「ヲハユシナイ」あるいは「ヲハウシチエホツナイ」を頑張って読み解こうとしましたが、残念ながら読み解くことができませんでした。

「ヲハウシチエホツナイ」であれば、o-pa-us-chep-ot-nay で「尻・川下・につけている・魚・多くいる・沢」と読み解けそうです。今ひとつピンと来ない解ですが、オバウス沢川はよく見ると、ウクル川の川下側に寄って流れているようにも見えます。これを指して o-pa-us と言ったのかな、とか……。

頗美宇川(はびう──)

kapiw
鷗(カモメ)


頗美宇川は厚真川の支流の中では五指に入る大きさですが、何よりもその難読ぶりが道内でもトップクラスなので、ご存じの方も多いかもしれません。

今回は永田地名解に記載がありました。

Kapiu,   カピウ   鷗(カモメ) 海嘯ニ先ツテ鷗集リテ噪キシコトアリ故ニ土人尊ビテ神鳥トナス
(永田方正「北海道蝦夷語地名解」国書刊行会 p.214 より引用)

どことなく「藤岡弘、」を思わせる表記ですが……(それはどうでもいい)。えーと、「津波の前にカモメが集まって騒いだので」という説のようですね。

東蝦夷日誌にも似たような話が記されていました。

左りカピウ(川幅七八間)鷗(カモメ)の事也。鷗は海邊に住める者なるに、昔し爰(ここ)に来り、巣を作り雛を持しや、其時海嘯(ツナミ)にて海邊皆荒たりと。依て其鷗は神の御使者なり迚(とて)、今に其處を尊敬し、必ず此處に来たればエナヲを供えけるとて多く立たり。
(松浦武四郎・著、吉田常吉・編「新版 蝦夷日誌(上)」時事通信社 p.116 より引用)

ふぅーむ。こうまで見事に話が一致していては、それ以外の解を考えるのも億劫に……違うか。難しくなりますよね。いや、津波があったんだよとして「山奥にヒラメ」とか「山奥にカレイ」みたいな話を割と良く目にするのですね。それはそれである種の真実としながらも「本来の意味」が隠されているケースも少なくないと思っているのですが、ちょっとこの「カピウ」については他に解釈のしようが無いなぁ……と。

ということで、今日のところは kapiw で「カモメ」と考えるほか無さそうな感じです。

ヤチセ沢川

yat-chise
木の皮・家


頗美宇川の西支流の名前です。あまりアイヌ語っぽくない語感にも思えたのですが、どうやらこれも起源はアイヌ語のようで……。

戊午日誌「東部安都麻誌」には次のように記されていました。

また少し上に
     ヤツンチセ
左りの方小川。是昔し土人等始て木の皮屋を立し処なりとかや。
(松浦武四郎・著 秋葉実・解読「戊午東西蝦夷山川地理取調日誌 中」北海道出版企画センター p.473 より引用)

少し解釈に悩んだのですが、yar で「木の皮」という語彙があります。yar-chise という組み合わせであれば、音韻変化で yat-chise と変化しそうな感じです(意味は「木の皮・家」)。実際に「東西蝦夷山川地理取調図」を見てみると、この川の場所には「ヤツチセ」とあります。

問題は「戊午日誌」がどこから「ン」を持ってきたかですが……。んー、良くわかりませんね(汗)。

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