2024年2月18日日曜日

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北海道のアイヌ語地名 (1116) 「フップシ岳・歌云内・チュウルイ川」

 

やあ皆さん、アイヌ語の森へ、ようこそ。
(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)
地図をクリックしたら地理院地図に飛べたりします。

フップシ岳

hup-us-nupuri
トドマツ・多くある・山
(記録あり、類型あり)
(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)
阿寒湖の西、雌阿寒岳の北に聳える山で、頂上付近に「風伏岳ふっぷしだけ」という名前の二等三角点もあります(標高 1,225.4 m)。

山田秀三さんの「北海道の地名」(1994) には次のように記されていました。

フㇷ゚・ウㇱ・ヌプリ(hup-ush-nupri) で,たぶん「椴松・群生する・山」の意であったろう。
(山田秀三「北海道の地名」草風館 p.280 より引用)
また、鎌田正信さんの「道東地方のアイヌ語地名」(1995) にも、次のように記されていました。

雌阿寒岳からフップシ岳にかけての山麓は、全道一のアカエゾマツの純林が形成されている。このアカエゾマツの純林を過ぎると、一変して山頂まではトドマツの純林で覆われているのである。
(鎌田正信「道東地方のアイヌ語地名【国有林とその周辺】」私家版 p.182 より引用)
ふむふむ。やはり素直に hup-us-nupuri で「トドマツ・多くある・山」と見て良さそうですね。

hup には「トドマツ」以外に「腫れ物」という意味もあるので、トドマツ林が遠目から「腫れ物」のように見えたんじゃないか……と考えたこともありました。ただ更科源蔵さんの「コタン生物記」によると……

 トドマツをフㇷ゚というが、フㇷ゚とは腫物ということで、この木の松脂が樹皮の下にたまって、腫物のようにふくらむところから名付けられたのであるという。
(更科源蔵「コタン生物記 I 樹木・雑草篇」青土社 p.61 より引用)
あー、ちょっと考えすぎだったようです(すいません)。

歌云内(うたうんない)

ota-un-nay
砂浜・そこにある・川
(記録あり、類型あり)
(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)
阿寒湖の北西、釧路市と津別町の境界の山頂付近に「歌云内うたうんない」という名前の三等三角点(標高 818.6 m)があります。

「ナイ」と言うからには川の名前なのですが、「東西蝦夷山川地理取調図」(1859) には「ヲタウシナイ」という川が描かれていて、「北海道実測切図」(1895) にも「オタウンナイ」という名前の川が描かれていました。ヤイタイ島の北で阿寒湖に注ぐ流れで、地理院地図には川として描かれていません(恒常的に流れのある川では無い、ということなのでしょう)。

戊午日誌 (1859-1863) 「安加武留宇智之誌」には次のように記されていました。

 また並びて
     ヲタウシナイ
 椴山の下小川有。其川口砂計りなるが故に号。砂多き沢と云り。
松浦武四郎・著 秋葉実・解読「戊午東西蝦夷山川地理取調日誌 上」北海道出版企画センター p.301 より引用)
「北海道実測切図」では -us-un に化けた形で記録されたっぽい感じですね。ota-un-nay で「砂浜・そこにある・川」と考えて良いかと思われます。

チュウルイ川

chip-e-ru-i??
舟・そこで・融ける・ところ
(?? = 記録はあるが疑問点あり、類型未確認)
(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)
阿寒湖の北部に「チュウルイ島」という島があり、その北に「チュウルイ湾」があり、「チュウルイ川」と「ポンチュウルイ川」が注いでいます。

「チュウルイ」は、一般的には chiw-ruy で「波・激しい」と解釈されます。ただ「東西蝦夷山川地理取調図」(1859) を見ると、「ヲン子チルイ」と「ホンチルイ」とあり、chiw-ruy では無さそうにも見えます。

食料の多いところ?

永田地名解 (1891) には次のように記されていました。

Onne chie rui   オンネ チエ ルイ  食料多キ處
永田方正北海道蝦夷語地名解」国書刊行会 p.338 より引用)
chi-e-toy で「我ら・食べる・土」という言い回しがあります(地名にも頻出するものです)。また chi-e-p で「我ら・食べる・もの」即ち「食料」を意味します。ただこの chi-e-ruy を「食料多い所」と解釈できるのか、個人的にはちょっと疑問が残るんですよね。

舟を置くのに良いところ?

戊午日誌 (1859-1863) 「安加武留宇智之誌」には次のように記されていました。

 また廿丁計にして
     ヲン子チベルイ
 相応の川也。此辺湖の北岸椴木原に成る也。此処浜よくして船を置によき故に号るなり。またしばしにて
     ホンチベルイ
 同じ云儀也。椴木立原の中小川、舟を置処と云儀。
松浦武四郎・著 秋葉実・解読「戊午東西蝦夷山川地理取調日誌 上」北海道出版企画センター p.300-301 より引用)
「船を置によき故に号る」とあります。

「食料多き所」に対する疑問

阿寒湖の東に「パンケトー」という湖があり、パンケトーから阿寒湖の間は「イベシベツ川」で結ばれています。「チュウルイ川」「ポンチュウルイ川」「イベシベツ川」について、松浦武四郎と永田方正の見解を表にまとめてみました。

現在名戊午日誌永田地名解
チュウルイ川船を置くのに良い食料多き所
ポンチュウルイ川船を置く所食料僅かにある所
イベシベツ川喰物多く有る食料多き川

こうやって並べてみると、松浦武四郎の「船を置くのに良い」という解が、ありきたりな「食べ物が多い」という解に変えられてしまったことがわかります。

改めて考えてみたのですが、やはり「チュウルイ(チベルイ)」を「食べ物の多いところ」と解釈するのは素直に頷き難い……というのが正直なところです。理由を列挙すると……

  • chi-e-ruy を「食料多い所」と解釈するのに違和感がある
    • chi-e-p-ot-ichi-e-p-un-nay が一般的ではないか
  • 至近に「イベシベツ(イヘウンベ)」という同義の川がある
  • 松浦武四郎が「船を置くのに良い」と記録している

と言ったところですね。そのため、以前chip-e-ru-i で「舟・そこで・融ける・ところ」と考えたこともありました。

舟を解凍するところ……?

阿寒湖は冬場に結氷する湖なので、春のどこかで解氷する……ということになります。日照や地温、川の水温などの関係で解氷が比較的早い場所だったんじゃないか……と考えたくなるんですよね。

9 年前の記事で少々思い切った仮説を立ててしまったこともあり、改めて検討し直してみたのですが、何の進歩も見られない結論になってしまいました(すいません)。懲りずにセルフ引用してしまいますが……

「舟を置く」を「舟を動かなくさせる」すなわち「舟を凍らせる」と考えると、舟を置いていたところは「舟を(冷凍状態から)融かすところ」と考えられるのではないか……と

オンコチュウルイ川

チュウルイ川は上流で二手に分かれていて、東側の支流が「オンコチュウルイ川」という名前です。これですが、「北海道実測切図」(1895) に「ヲンチエルイ」とあったのを、「」を「コ」と誤読してしまい、そのまま川名にしたんじゃないか……という疑いが……。

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