2011年7月25日月曜日

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第156回「永遠に安らかならんことを」

 


「三航北国日誌」第 156 回です。今日は少し真面目な話題を……。

竜飛岬の片隅に

石川さゆりの歌声が聞こえる記念碑を見物した後、車を少しだけ走らせて、先ほど以上にひっそりとした駐車場に車を停めました。


目の前には……、ちょっと荒れ気味のモニュメントのようなものがあります。


祭壇のようなスペースの脇には、「青函トンネル工事略歴」と記された石碑が置かれています。


一番上に記されているのが、1946 年 4 月の「地質調査開始」ですね。その後、建設計画は「日本国有鉄道」から「日本鉄道建設公団」に引き継がれ、1964 年 5 月には吉岡斜坑の掘削が開始されます。

本格的な工事は 1972 年 3 月に開始され、先進導抗が貫通したのが 1983 年の 1 月、その後も本抗の工事が続けられ、竣功したのは 1988 年 3 月のだったそうです。丸 16 年にも及ぶ大工事だったわけですね。

「慰 靈」

そして、祭壇の真ん中には……


大方の予想通り、「慰 靈」の文字が。そう、これは青函トンネルの工事で殉職された方の霊を慰める慰霊碑なのでした。

慰霊碑のまわりは、こんもりとした形に土が盛られていて、その脇には碑文が記された石碑があります。


せっかくなので、碑文をまるまる引用させてもらいましょう。

 碑 文
 青函トンネルの完成により 本
州と北海道は鉄路で直結され 多
くの人々が待ち望んだ 安全で安
定した交通が可能となった
 これが 国土の一体化とひいて
は日本の発展に 大きく寄与する
ことを祈念する
 ねがわくは この工事に英知と
情熱をかたむけながら 青函トン
ネルの礎となられたかたがたの
永遠に安らかならんことを
 昭和六十三年七月
  青函トンネル工事関係者一同

そして、この碑文の反対側には、殉職された方の氏名が刻まれています。


合計 34 名の方のお名前が刻まれています。

どうぞ安らかに

本来は玉砂利が敷き詰められている筈のところから雑草が生えているのが少々気になるのですが、されはさておき……。ここは、観光地としての竜飛岬の喧噪から少し離れたところにあります。それが救いと言えば救いですね。

どうぞ安らかにお眠り下さい。

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