2023年7月23日日曜日

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北海道のアイヌ語地名 (1057) 「ホロニタイ・神岩・別寒辺牛」

 

やあ皆さん、アイヌ語の森へ、ようこそ。
(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)
地図をクリックしたら地理院地図に飛べたりします。

ホロニタイ

poro-nitay?
大きな・林
(? = 記録はあるが疑問点あり、類型あり)
(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)
厚岸湖の東端に注ぐトキタイ川の河口から 1.7 km ほど北西に「金田崎」という岬があり、そこから更に北西に 1 km ほど北西に「ホロニタイ」という地名があります。

ここは厚岸町ホロニタイという現役の地名で、郵便番号の設定もあるのですが、現在は常住人口ゼロとのこと。まぁ地形図を見れば容易に想像がつくという話もありますが……(家屋らしき建物が見当たらない)。

陸軍図には湖岸部に「ホロニイタイ」と描かれています。ところが不思議なことに明治時代の地形図には「オン子マウニ」と描かれていて(しかもちょっと位置がズレているように見える)、「ホロニタイ」の存在を確認することができません。

とりあえずちゃちゃっと表にしてしまいましょうか。

東西蝦夷
山川地理取調図
竹四郎廻浦日記 (1856) 午手控 (1858) 明治時代の地形図陸軍図
ヘカンヘウシヘトベカンベウシヘカンベウシフトペカムペウシ別寒邊牛川
リシヤリフシリヤクフシ---
ホツチヒラ-ホツケヒラオピケピラ?-
---エホロン-
リイマタン-リイコタンリコタン-
ヲ???クシテシトロクシヲシトレクシオントルクシ-
---カムイ岩-
ヲホナイ-ヲホナイ--
ホンマウニ---カモイ
ヲンマウニホロンタイ?マウニナイオン子マウニ-
ソサカナイ-ソサカナイ-ホロニイタイ?
--ホロンタイ--
トウキタイトキタイトキタイトーチタイトキタイ川

うーん、見事に訳が分からないですね……(汗)。更に訳のわからないことに、午手控の「アツケシ海岸地名の訳覚書」には次のように記されていました。

ホロンタイ
 川口大きしを云り
松浦武四郎・著 秋葉実・翻刻・編「松浦武四郎選集 六」北海道出版企画センター p.350 より引用)
んー……。永田地名解 (1891) には次のように記されているのですが……

Poro nitai   ポロ ニタイ   大林
永田方正北海道蝦夷語地名解」国書刊行会 p.352 より引用)
素直に解釈すると poro-nitay は「大きな・林」と考えるしか無いような気がします。ところが「川口大きし」とは一体……?

川口の大きい「ホロニタイ」と言われたら、トキタイ川流域の林のことかな、と考えたくなります。「ホロニタイ」は「陸軍図」以前の地図では正確な場所を遡れないという困った点もありますが、厚岸湖の東側のどこかに実在した、とは言えそうな気がします。

「ホロニタイ」は poro-nitay で「大きな・林」と思われますが、現在の「厚岸町ホロニタイ」のあたりを指していたかは少々疑わしい……ということで。

神岩(かむいわ)

kamuy-iwa
神・岩山
(記録あり、類型あり)
(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)
厚岸町ホロニタイの西北西 2 km あたりの地名です。「厚岸町神岩カムイワ」という現役の地名で郵便番号の設定もありますが、やはり常住人口はゼロとのこと。

東西蝦夷山川地理取調図」(1859) にはそれらしき地名が見当たりませんが、明治時代の地形図には「カムイ岩」と描かれていました。場所は地理院地図の「神岩」よりも西の山を指していて、奇しくも現在「カムイ川」と呼ばれている川の源流部に当たります。

「北海道地名誌」(1975) には次のように記されていました。

 神岩(かむいいわ) 厚岸湖の北岸の漁業小集落。アイヌ語で神の岩山の意。
(NHK 北海道本部・編「北海道地名誌」北海教育評論社 p.673 より引用)
kamuy-iwa で「神・岩山」ではないかとのこと。概ね同感ですが、もしかしたら kamuy-iwak-i で「神・住まう・ところ」だったものが略された……という可能性もあるかもしれません。

別寒辺牛(べかんべうし)

pe-ka-un-pe-us-i??
水・上・にある・もの・多くある・もの(川)
(?? = 記録はあるが疑問点あり、類型未確認)
(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)
JR 根室本線(花咲線)で茶内から厚岸に向かう途中に広大な湿原が見えますが、この湿原が「別寒辺牛湿原」……で合ってますよね?(誰に聞いている

この湿原は「別寒辺牛川」とその支流の流域に形成された(あるいは「残された」)もので、めちゃくちゃいい感じのところなので皆さんも是非一度……(語彙力崩壊)。竹四郎廻浦日記 (1856) には次のように記されていました。

其風景いはん方なし。扨此処より両岸水柳水に垂、其中を行く。(字欠)たる蘆荻の中よりガンカモ忘友カモメ水礼シギ子・鷿鷉カイツブリ等驚飛散、はたカヤクキ、釣魚翁は(手)(に)取斗まで舷に群来り、其様如何にも異郷(の)趣を呈せり。
(松浦武四郎・著 高倉新一郎・解読「竹四郎廻浦日記 上」北海道出版企画センター p.433 より引用)
とりあえず松浦武四郎も別寒辺牛湿原の風景を絶賛していたことがわかりましたが、肝心の地名の由来についてはノータッチのような……(何故引用した)。

「菱の実」か「水上を通行する」か

上原熊次郎の「蝦夷地名考幷里程記」(1824) には次のように記されていました。

ベカンベウシとは沼菱の生すと云ふ事。此川に沼菱の多くあれは地名になす由。
(上原熊次郎「蝦夷地名考幷里程記」草風館『アイヌ語地名資料集成』p.66 より引用)
pekampe-us-i で「菱の実・多くある・もの(川)」ということですね。ところが永田地名解 (1891) には次のように記されていて……

Pekambe kushi   ペカㇺベ クシ   水上ヲ通行シタル處 諸地圖皆「ベカンベウシ」ニ作ルアイヌ云昔人菱アルベシト思ヒ水上ヲ行キシニ菱ナシ故ニ「ペカンベタシ」ト名ケタリト
(永田方正「北海道蝦夷語地名解」国書刊行会 p.352 より引用)
pekampe-kus-i なる珍妙な解に改められていました。

固有名詞? 一般名詞?

この解について、山田秀三さんは旧著「北海道の川の名」(1971) にて次のように指摘していました。

 この名はそのまま続めぱ、ペカンペ・ウシ(pekanpe-ush 菱・多い)である。永田氏の調査した頃、菱がなくなっていて、それで上記の解が考えだされたのではあるまいか。
(山田秀三「北海道の川の名」モレウ・ライブラリー p.111 より引用)
なるほど。確かにありそうな話ですね。

ペカンペ(菱)は、元来 pe-ka-un-pe「水の・上に・ある(浮んでいる)・もの」から来た語。その菱がなくなったので、pe-ka-un-pe-kush(水の・上・の・処を・通る)と読んだのであろうか。
(山田秀三「北海道の川の名」モレウ・ライブラリー p.111 より引用)
あっ……。まるで知里さんのような……と思ったのですが、案の定「植物編」(1976) にも次のように記されていました。

§ 127.ヒシ Trapa natans L. var. bispinosa Makino
(1)pekampe (pe-kam-pe)「ペかンペ」[pe(水)ka(の上)un(にある)pe(もの)]果實《北海道各地》
(知里真志保「知里真志保著作集 別巻 I『分類アイヌ語辞典 植物編』」平凡社 p.71 より引用)
ところで、学名の Makino ってあの Makino さんなんでしょうか……?

山田さんは pe-ka-un-pe を文字通りに「水の・上に・浮かんでいる・もの」と捉えて、「水の上に浮かんでいるもの(=舟?)が往来する」と考えたのでしょうか。もっとも「舟」を意味する chip という語があるので、あえて「水の上に浮かぶもの」という表現を選んだ理由が不明ですが……。

そこに菱の実はあったか

更科源蔵さんも「アイヌ語地名解」(1982) にて次のように記していました。

この川筋は湿原帯で、少し水が増すと舟でなければ通れないので名付けたかとも思う。発音通りなら菱の多いところとなるが、菱は昔からなかったという。
(更科源蔵「更科源蔵アイヌ関係著作集〈6〉アイヌ語地名解」みやま書房 p.269 より引用)
えっ。また「午手控」(1858) にも次のように記されていました。

ヘカンヘウシ
 サンニウシなるべし。流れ木の懸る処を云也
(松浦武四郎・著 秋葉実・翻刻・編「松浦武四郎選集 六」北海道出版企画センター p.351 より引用)
ええっ。これだと pe-ka-un-pe-us-i で「水・上・にある・もの・多くある・もの(川)」じゃないか、ということに……(pe-ka-un-pesan-ni と類義ということになるので、「漂木」を指していたのではないかと)。

常識的に考えると pekampe で「」だろう……と思っていたのですが、これだけ否定的な解釈が続出すると、流石に棄却するのは苦しくなります。pe-ka-un-pe-us-i で「水・上・にある・もの・多くある・もの(川)」と見るべきなのかもしれません。

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