2023年12月16日土曜日

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北海道のアイヌ語地名 (1097) 「アイシナイ川・トリウシ川・ニナラベツ」

 

やあ皆さん、アイヌ語の森へ、ようこそ。
(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)
地図をクリックしたら地理院地図に飛べたりします。

アイシナイ川

ay-us-nay?
イラクサ・多くある・川
(? = 記録はあるが疑問点あり、類型あり)
(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)
鶴居の市街地の北でシセツリ川(雪裡川)に合流する西支流です。「東西蝦夷山川地理取調図」(1859) にはそれらしい名前の川が見当たりませんが、「北海道地形図」(1896) には「アイシナイ」という川が描かれていました。

イラクサが多くある川?

鎌田正信さんの「道東地方のアイヌ語地名」(1995) には次のように記されていました。

アイシナイ
アイシナイ川(地理院図)
 鶴居市街北はずれの二股から、支雪裡川の上流 2 キロ付近を北西側から流入。アィ・ウㇱ・ナィ(ay-us-nay イラクサ・群生する・沢)の意である。
(鎌田正信「道東地方のアイヌ語地名【国有林とその周辺】」私家版 p.294 より引用)
まずはそう理解するしか無いかな、と思わせる川名ですね。ay-us-nay で「イラクサ・多くある・川」と読めそうです。

アイシナイじゃなくアオシナイだった?

これで一件落着か……と思ったのですが、「北海道地名誌」(1975) には次のように記されていました。

 アオシナイ川 鶴居市街上流でシセッツリ川右に合する小川。アイヌ語「アオシュマイ」(そこだけ石原)かと思うがはっきりしない。
(NHK 北海道本部・編「北海道地名誌」北海教育評論社 p.693 より引用)
「そこだけ石原」って、なんか「そのまんま某」のような趣がありますが、何をどう読めばそのような解釈に至るのか……。「アオシュマイ」と言えば、浜小清水のあたりの旧名が「蒼瑁」で「あおしまい」と読ませる地名でした。

この「蒼瑁」について、知里さんは「斜里郡内アイヌ語地名解」(1982) にて次のような解をつけているのですが……

 スマオイ シュマオイ。そうまい(蒼瑁)。語原「スマ(シュマ)・オ・イ」(suma-o-i 石・群在する・所)。砂浜続きの海岸にここだけ石原があつたのでそう名づけた。
(知里真志保「知里真志保著作集 3『斜里郡内アイヌ語地名解』」平凡社 p.252 より引用)※ 原文ママ
「ここだけ石原」とありますね……。まさか、更科さん、この説明をパクったにインスパイアされた……とか?

謎の「青津内」三角点

面白いのが、国道 274 号の「茂幌橋」の近くに「青津内」(あない)という名前の二等三角点(標高 89.2 m)が存在することです。

この三角点は「アイシナイ沢」から少し離れていて、シセツリ川(雪裡川)よりもモセツリ川(茂雪裡川)のほうが近いのですが、この三角点は「二等三角点」なので、多少のズレがあったとしても不思議はありません。

明治時代の「北海道地形図」に「アイシナイ」とあり、現在も「アイシナイ川」と呼ばれているのであれば、「青津内」という三角点名はノイズとして退けることができるのですが、時系列で並べてみるとちょっと厄介なことに気づきます。

北海道地形図アイシナイ
二等三角点の選点 (1917)津内あおつない
陸軍図アイシナイ沢
北海道地名誌 (1975)アオシナイ川
土地利用図 (1980 頃)アイシナイ川

要は「アイシナイ」を正だと考えた場合に、少なくとも二回は「アイ」を「アオ」と間違えた……ということになります。これは「アイシナイじゃないアオシナイだ!」と考える人が一定数いた……ということだったりしないかな、と。

入り込む川?

「アイシナイ」であれば ay-us-nay で「イラクサ・多くある・川」となりそうですが、仮に「アオシナイ」であれば aw-us-nay あたりの可能性があるでしょうか。aw は「枝」以外にも「下」や「内」、「隣」などの意味があるとされますが、aw-un が転じて aun になると「入り込む」「入り込んでいる」という意味になるとのこと。

aw-us-nay が「内・にある・川」で同様に「入り込む川」だとすると、実際の地形に即した解と言えそうな感じも……?

やっぱり「イラクサが多い川」?

もっとも現時点では「アオシナイ」はノイズである可能性が高いので、今日のところは大人しく ay-us-nay を正としておきます。本当は「入り込む川」説を推したいところなんですが、類例を思い出せないので……。

トリウシ川

turi-us-i?
舟竿・多くある・川
(? = 記録はあるが疑問点あり、類型あり)
(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)
国道 274 号の北側、「鶴居村支雪裡」のあたりでシセツリ川(雪裡川)に東から合流する支流です。アイシナイ川と同様に、「東西蝦夷山川地理取調図」(1859) にはそれらしい名前の川が見当たりませんが、「北海道地形図」(1896) には「トリウシ」という名前の川が描かれています。

この川名については、「北海道地名誌」(1975) にて言及がありました。

 トリウシ川 支雷裡下でシセッツリ川左に合する小川。舟竿(にする木の)多し、の意。
(NHK 北海道本部・編「北海道地名誌」北海教育評論社 p.693 より引用)
turi は「舟竿」で、釧路町の「鳥通」や「トリトウシ」と似た地名、と言えそうでしょうか。turi-us-i で「舟竿・多くある・川」と読めそうな感じです。

もっとも山の中に舟竿が山積みになっていることは無いでしょうから、これはきっと turius の間に存在していたと思しき何らかの動詞が略されてしまった……ということなんでしょうね(ということで、念のため「?」を残しておきます)。本来は「鳥通」と同じく turi-tuye-us-i だった可能性もありそうです。

ニナラベツ

ninar-pet
台地・川
(記録あり、類型あり)
(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)
ポンセツリ川が西からシセツリ川(雪裡川)に合流する地点の西に「ニナラベツ」という名前の四等三角点が存在します(標高 350.6 m)。

三角点の西には「万次郎川」の支流の「万次郎一号川」が流れていますが、「北海道地形図」(1896) には「万次郎川」、あるいは「万次郎一号川」に相当する位置に「ニナラペツ」という川が描かれていました。

鎌田正信さんの「道東地方のアイヌ語地名」(1995) には次のように記されていました。

ニナラペツ
ニナラペツ川(営林署図)
 支雪裡川の中流付近を、北西側から流入している。
(鎌田正信「道東地方のアイヌ語地名【国有林とその周辺】」私家版 p.294 より引用)
川名は「万次郎川」だと思っていましたが、「ニナラペツ川」という記録もあったのですね。続きもありまして……

 ニナㇽ・ペッ「ninar-pet 台地(土地が一段高くなって平坦地が続いている所)・川」の意である。この沢筋を少し上がった所は海抜 200 ㍍前後の広い台地が続いていた。
(鎌田正信「道東地方のアイヌ語地名【国有林とその周辺】」私家版 p.294 より引用)
はい。ninar-pet で「台地・川」と考えられそうですね。ただ文法的に若干の違和感があるので、あるいは ninar-us-pet だった可能性もあるかもしれません。

あと、毎度ながらの余談ですが、「ニナラベツ」三角点の南南東に「伊々谷峰いいやみね」という三角点があります。この三角点ですが、もしかしたら「いいやみね」ではなく「いいたにみね」で「イユタニヌプリ山」と同型の地名かもしれません。

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