2021年9月26日日曜日

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北海道のアイヌ語地名 (870) 「エウクナイ川・ウエンナイ川・エノシコマナイ川」

 

やあ皆さん、アイヌ語の森へ、ようこそ。
(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)
地図をクリックしたら地理院地図に飛べたりします。

エウクナイ川

i-uk-nay??
菱の実・採取する・川
mo-ut-nay??
小さな・肋・川
(?? = 典拠未確認、類型あり)
稚内空港の南西にある「大沼」には、かつては「幕別川」(現在の「声問川」)が流入していたほか、現在でも「ウツナイ川」や「サラキトマナイ川」が流入していて、「声問川」を経由して海に流出しています。「エウクナイ川」は「サラキトマナイ川」の東支流ですが、残念ながら地理院地図では川として描かれていません。

「サラキトマナイ」は漢字で「更喜苫内」とも表記され、国道 40 号の取り締まりスポットとして有名な場所です。

「エウクナイ」という名前からはアイヌ語由来のように思われるのですが、「東西蝦夷山川地理取調図」には該当しそうな川が描かれていません。

「エウクナイ」という音を素直に解釈すると i-uk-nay で「あれ・採取する・川」と読めるかと思います。i は指示代名詞で、地名では「ヒグマ」や「マムシ」など、言挙げを憚るものに使われる場合が多いですが、i-uk- の場合は「菱の実を拾う」と解釈されます。ですので「あれ・採取する・川」は「菱の実・採取する・川」と読み解けそうです。

もしかして:転記ミス?

ただ……、もう一つ消せない疑惑……というか可能性がありまして。戊午日誌「西部古以登以誌」に「モウツナイ」という川が記録されていて、永田地名解では「サリキ ト オマ ナイ」(=更喜苫内)の隣に「モ ウッ ナイ」として記されています。「モウツナイ」は mo-ut-nay で「小さな・肋・川」だと考えられます。

明治時代の地形図では、「モウツナイ」が現在の「ウツナイ川」の位置に描かれているので、どう考えても「エウクナイ川」のことでは無いのですが、永田地名解で「サリキ ト オマ ナイ」の隣に記されているというのが気になるのです。

「『サラキトマナイ』の隣だから『モウツナイ』だろう」と想定して、そして「モウツナイ」がどこかのタイミングで「エウクナイ」に誤読または転記ミスされた……という可能性も、なんかありそうな気がするんですよね。

ウエンナイ川

wen-nay
悪い・川
(典拠あり、類型多数)
国道 238 号の終点(国道 40 号と接続する交叉点)のすぐ近くで海に注いでいる川の名前です。稚内の市街地を流れる川としては「クサンル川」「エノシコマナイ川」とこの「ウエンナイ川」がビッグ 3 と言ったところでしょうか。

まぁ「ウエンナイ」は wen-nay で「悪い・川」なんでしょ、と言われたら全くその通りで返す言葉も無いのですが、山田秀三さんの「北海道の地名」には次のように記されていました。

ウェンナイ
 永田地名解は「ウェン・ナイ wen-nai(悪川)。赤水にして魚上らず。故に悪川といふ」と書いた。
(山田秀三「北海道の地名」草風館 p.161 より引用)
孫引ですいません。まだ続きがありまして……せっかくなので全部引用してしまいますと……

道内にウェン・ナイ(悪い・川)の名が多いが,その大部分はなぜ悪いのかが忘れられている。ここでは,水が悪いのだというアイヌ伝承らしいものが書き残されていたのであった。
(山田秀三「北海道の地名」草風館 p.161 より引用)
wen-nay がなぜ「悪い」のかは伝承されていないことが多く、推測しかできないことが多いのですが、ここでは「水が悪く魚が上がらないので」という理由がちゃんと残っている、珍しい例だ……という話のようです。

「再航蝦夷日誌」には次のように記されていました。

蘆荻の中少し斗行て
     ウヱンベツ
川有。濁川にて鮭鱒此近く迄来れども此川に入ることなし。故ニ此名有りと。ウヱンは悪と云こと也。悪川と云義。
松浦武四郎・著 吉田武三・校註「三航蝦夷日誌 下巻」吉川弘文館 p.112 より引用)
ほぼ完全に裏付けが取れましたね。永田方正は「赤水」とし、松浦武四郎は「濁川」としていますが、赤土の濁り水だったとしたら完全にイコールと捉えて良いでしょう。

現在の川名は「ウエン」なのに対し、「再航蝦夷日誌」では「ウヱン」となっていますが、「サリキトマナイ」(=更喜苫内)が「シヤリキタヲマヘツ」になっているケースもあるので、petnay の使い分けが曖昧だったとも考えられそうです。

知里さんは「naypet よりも新しい言い方だ」とし、また「樺太には pet は存在せず nay ばかりである」との説を唱えていました(実際には例外も多くあるのですが)。知里さんのこの考え方で行くと petnay に変化した……とも捉えられるのですが、「サラキトマナイ」と「ウエンナイ」についても petnay に変化したとも言えるので、ちょっと興味深いですね(まぁ偶然の可能性も高そうですが……)。

エノシコマナイ川

e-noske-oma-nay
頭(水源)・真ん中・そこにある・川
(典拠あり、類型あり)
国道 40 号で言えば「大黒 5 丁目」の東側を流れる川の名前です。「クサンル川」「エノシコマナイ川」「ウエンナイ川」で構成される(?)稚内ビッグ 3 のセンターに相当する川で、JR 宗谷本線が川沿いを通っています。

「東西蝦夷山川地理取調図」では「エノツコマナイ」という名前で描かれています。「再航蝦夷日誌」や「竹四郎廻浦日記」でも「エノツコマナイ」とありますが、「ツ」は「シ」の誤記だった可能性が高そうです。

永田地名解には次のように記されていました。

Enoshk’oma nai  エノシュコマ ナイ  間川「クサンル」ト「ウエンナイ」ノ中間ニ在ル川ナリ
(永田方正「北海道蝦夷語地名解」国書刊行会 p.423 より引用)
あー、昔から「クサンル」と「ウエンナイ」の間の川という認識だったんですね(汗)。川の位置がコロコロ変わる筈もないので当たり前なんですが、そもそものネーミングからして「間の川」というのは、ちょっとだけ気の毒な感じもしてきました。

山田秀三さんの「北海道の地名」には、次のように記されていました。

エノㇱコマナイ
 クサンルから東にエノㇱコマナイ,ウェンナイと三川が並んでいる。
(山田秀三「北海道の地名」草風館 p.161 より引用)
あー(以下略)。

 エ・ノㇱキ・オマ・ナイ(e-noshki-oma-nai 頭が・中央に・ある・川)のような意味だったのであろう。
(山田秀三「北海道の地名」草風館 p.161 より引用)
そんなところでしょうね。e-noske-oma-nay で「頭(水源)・真ん中・そこにある・川」と読めそうです。

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