2023年1月9日月曜日

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「日本奥地紀行」を読む (143) 久保田(秋田市) (1878/7/25)

 

イザベラ・バードの「日本奥地紀行」(原題 "Unbeaten Tracks in Japan")には、初版(完全版)と、いくつかのエピソードが削られた普及版が存在します。今日は引き続き、普及版の「第二十四信」(初版では「第二十九信」)を見ていきます。
この記事内の見出しは高畑美代子「イザベラ・バード『日本の未踏路』完全補遺」(中央公論事業出版)の「初版からの省略版(普及版)の削除部分を示す対照表」の内容を元にしたものです。当該書において、対照表の内容表示は高梨謙吉訳「日本奥地紀行」(平凡社)および楠家重敏・橋本かほる・宮崎路子訳「バード 日本紀行」(雄松堂出版)の内容を元にしたものであることが言及されています。

借り着

イザベラは「天候の回復を待つ」として久保田(秋田)に数日ほど留まっていますが、「書道の神童」のパフォーマンスを楽しんだほかに宿の主人の姪の結婚式にも参列していました。この二つのイベントが果たして同日だったのか、ちょっと判断が難しいのですが……。

 宿の主人はたいそう親切な人で、私を彼の姪の結婚式に招待してくれた。私はそこから今帰ってきたところである。
(イザベラ・バード/高梨謙吉訳「日本奥地紀行」平凡社 p.270 より引用)
「書道の神童」が来訪した際に、イザベラは次のように記していました。

明らかに彼らは、午後をこの部屋で過ごそうと思ってやってきたのである。
(イザベラ・バード/高梨謙吉訳「日本奥地紀行」平凡社 p.268 より引用)
これは……「書道の神童」が帰った後にイザベラは結婚式に招待された、ということでしょうか……?

この日のイザベラの動きが今一つ釈然としませんが、まぁ気にしてもどうしようもないですし()、続きを読み進めてみましょうか。

彼自身は三人の「妻」をもっている。一人は京都の宿屋に、一人は盛岡に、もう一人の一番年若いのが彼と一緒にここに住んでいる。
(イザベラ・バード/高梨謙吉訳「日本奥地紀行」平凡社 p.270 より引用)
なかなか「うひょひょ」な話ですが、この「三人の妻」は旅先で芸妓さんを身請けして……とかなんでしょうか。だとすると、かなりの資産家っぽい感じが……。

結婚式に招待されたイザベラの正装は、宿の主人の「若妻」が選んでくれたようですが……

彼女は無限と思われるほどの着物の貯えの中から私に合いそうな着物を選んでくれた。
(イザベラ・バード/高梨謙吉訳「日本奥地紀行」平凡社 p.270 より引用)
あー。これはやはり、相当な金持ちですね……(汗)。

私は宿の主人とともに出かけたが、伊藤は招待されなかったので残念がっていた。
(イザベラ・バード/高梨謙吉訳「日本奥地紀行」平凡社 p.270 より引用)
これは……(笑)。「伊藤ドンマイ」ですね。

彼がいないと私は五官の一つがもぎとられたようなもので、帰って来るまでなんの説明もきくことができなかった。
(イザベラ・バード/高梨謙吉訳「日本奥地紀行」平凡社 p.270-271 より引用)
ですよねー。イザベラもそうなることをわかっていながら尻尾を振って結婚式に「お呼ばれ」されるあたり、色々と流石です。

 儀式は、私が今まで作法の本で読んだ結婚式の式次第とは違っていた。しかし、それは士族階級の結婚式であり、この場合の花嫁と花聟は、裕福な商家の子女ではあったが平民階級に属しているからである。
(イザベラ・バード/高梨謙吉訳「日本奥地紀行」平凡社 p.271 より引用)
当時の「裕福な商家」は、ここまで裕福だったんですね……。そして結婚式のスタイルが士族と平民で異なるところを見抜くあたり、相変わらずの慧眼ぶりですね。

婚礼

イザベラは婚礼のあり方について詳らかに記していましたが、「奥地紀行」としてはオフトピックだと判断したのか、「普及版」ではバッサリとカットされています。

 結婚は両家の知人たちによって取り仕切られ、たくさんの世俗の叡智が交渉の過程で不断に示される。
(高畑美代子「イザベラ・バード『日本の未踏路』完全補遺」中央公論事業出版 p.100 より引用)
これはまた……かなり抽象化された表現で、端的に言えば何を言っているかよくわからないですね。ということで原文を見てみると……

Marriages are arranged by the friends of both parties, and much worldly wisdom is constantly shown in the transaction.
(Isabella L. Bird, "Unbeaten Tracks in Japan" より引用)
なんか……訳者さんお疲れ様です、と言いたくなりますね。

それでも、まだ若々しい愛情は常に定められた河床を流れるというわけではなく、魅力的な娘が、彼女の父の家の深層に隔絶されているのにもかかわらずきっと数人の恋人がいて、日本でも、どこにでもあるように、恋人たちのしばしばの自殺が証明しているとおり、まことの恋路はいつも順調に行くとは限らないのです。
(高畑美代子「イザベラ・バード『日本の未踏路』完全補遺」中央公論事業出版 p.100 より引用)
なんだかシェイクスピアの戯曲みたいな話になってきましたね。若干文章が読みづらく感じますが、原文と照らし合わせてみると *忠実な* 訳なんですよね。

伊藤が言うには、決定的な選好を形成した恋人は相手の娘の両親の家に錦木ニシキギ Celastrus alatus の小枝をしっかりと立てる。もし、それが無視されると彼もまた無視されたことになり、もし娘が歯を黒く染めれば、両親の承諾を前提として、彼は受け容れられたことになる訳注 1
(高畑美代子「イザベラ・バード『日本の未踏路』完全補遺」中央公論事業出版 p.100 より引用)
うー、これは凄い……。これって「僕と結婚してください!」という意思表示の「作法」だと思うのですが、ちゃんと「ごめんなさい」という選択肢も用意されているんですね。

そしてイザベラがこの「作法」を「伊藤から聞いた」というのも地味にポイントが高いと言うか……。この作法は全国的に見られるものなのか、それとも秋田近辺で良く見られるものなのかが若干謎でしょうか。

家の主人は、これは久保田近隣では時おりとられる手段だが、結婚はふつうは決められた様式に従って成立するということです。
(高畑美代子「イザベラ・バード『日本の未踏路』完全補遺」中央公論事業出版 p.100 より引用)
あ、この「作法」は久保田(秋田)近隣でも「時おり」見られるものなんですね。流石に全ての婚姻においてこんなドラマティックなやり方はしてない……ですよね。

イザベラは日本の「嫁入り」の要件について、財産の多寡についてはそれほど重要ではないとした上で、次のように続けていました。

しかし、婦人の条件としては思慮分別があり、愛らしく、他人とうまくやり、そして、女性の礼儀作法を身につけており、家庭内の取り仕切りができることは必要不可欠である。
(高畑美代子「イザベラ・バード『日本の未踏路』完全補遺」中央公論事業出版 p.100 より引用)
イザベラのこの指摘、現代だと「相撲部屋の女将」に求められる資質と近かったりするでしょうか。前近代的で封建的な感じが色濃く感じられるような……。

嫁入り衣装

イザベラは「求婚」と「結納」の「作法」について詳述し、これらは全て「普及版」ではカットされているのですが、今回の結婚の「嫁入り衣装」についてはカットされずに残されています。

 この場合に、嫁入り道具と家具は朝早く花聟の家に送られてきていたので、私は許されてそれを見に行った。金の刺繍をした帯が数本、着物をつくるための錦織の絹が数本、絹クレープが数本、仕上げた着物が多数、白絹一本、酒が数樽、調味料が数種あった。日本の女性は宝石をつけない。
(イザベラ・バード/高梨謙吉訳「日本奥地紀行」平凡社 p.271 より引用)
「仕上げた着物が多数」というあたり、やはり裕福な商家っぽい感じですね。「日本の女性は宝石をつけない」という指摘も「言われてみれば」でしょうか。

家具

「嫁入り衣装」に続いて、「家具」についても詳しく記されています。

 家具には二個の木枕があり、りっぱな漆塗りで、その―つには化粧の簪が入っている引き出しがついていた。
(イザベラ・バード/高梨謙吉訳「日本奥地紀行」平凡社 p.271 より引用)
「簪」にはルビが振られていませんが、これは「かんざし」ですね。他にも様々な家具(嫁入り道具)が紹介された後、次のように結んでいました。

品物はとてもりっぱなものばかりであるから、両親はきっと裕福な人にちがいない。厳格な作法に従って酒が送りこまれる。
(イザベラ・バード/高梨謙吉訳「日本奥地紀行」平凡社 p.271 より引用)
最後の文がちょっと唐突な感じがしますが、原文は以下のようになっていました。

The saké is sent in accordance with rigid etiquette.
(Isabella L. Bird, "Unbeaten Tracks in Japan" より引用)
確かに「厳格な作法」っぽいですが、具体的にはどのような作法だったのでしょうか。

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