2023年1月22日日曜日

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北海道のアイヌ語地名 (1007) 「西丸別川・茨散沼」

 

やあ皆さん、アイヌ語の森へ、ようこそ。
(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)
地図をクリックしたら地理院地図に飛べたりします。

西丸別川(にしまるべつ──)

pis-o-para-pet?
海側・にある・広い・川
pis-oma-ru-pet??
海側・そこにある・(氷が)解ける・川
(? = 記録はあるが疑問点あり、類型あり)(?? = 記録はあるが疑問点あり、類型未確認)
(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)
西別川の北を流れる川で、途中に「茨散沼ばらさんとう」があります。「尾岱沼おだいとう」もそうでしたが、このあたりには「沼」を「とう(=to)」と読ませる地名が散見されるのが興味深いですね。

「尾岱沼」の場合はそもそも to じゃ無いだろう、という話もありますが。

「エシヨマヘツ」

東西蝦夷山川地理取調図」(1859) には「エシヨマヘツ」という名前の川が描かれています。「茨散沼」に相当する沼が描かれていないのはちょっと不思議な感じもしますが、「東蝦夷日誌」(1863-1867) には次のように記されていました。

濱續き(十一丁五十間)エシヨマベツ(小川)平沙地、上に茫地〔落地やちヵ、谷地〕多し。
松浦武四郎・著、吉田常吉・編「新版 蝦夷日誌(上)」時事通信社 p.339 より引用)
これを見た感じでは、「茨散沼」から流れ出る川が「エシヨマベツ」と認識されていた、と見て良さそうでしょうか。

「ニショパラペッ」

永田地名解 (1891) には次のように記されていました。

Nisho para pet   ニショ パラ ペッ   鑛氣アル廣川 水赤クシテ上流ニ沼アリ
永田方正北海道蝦夷語地名解」国書刊行会 p.373 より引用)
また、鎌田正信さんの「道東地方のアイヌ語地名」(1995) にも次のように記されていました。

湿地を流れているこの川岸と川底は、見事な赤褐色であった。
(鎌田正信「道東地方のアイヌ語地名【国有林とその周辺】」私家版 p.369 より引用)
ふむふむなるほど。そういうことか……と思ったのですが、手元の辞書類を調べても「ニショ」に「鉱気」、「金属混じり」という意味が確認できないのですね。nis は「空」ですし、nisu で「臼」だったり nisa少額投資非課税制度「木の空洞」だったりするのは確認できるのですが……。

kim- があるなら pis- もある筈

壁にぶつかった時には、一歩引いて物事を俯瞰すると良い……なんて話もありますが、このあたりの地図を大縮尺で見てみると、茨散沼の西に「清丸別川」という川があることに気づきました(西別川の北支流)。

この「清丸別川」、「東西蝦夷山川地理取調図」では「キモハルヘツ」とあり、明治時代の地形図では「キムクシパラペツ」と描かれています。頭の「キモ」あるいは「キム」は kim で「山(側)」と考えて良さそうでしょうか。

kim について、「地名アイヌ語小辞典」(1956) では次のように記されていました。

kim きㇺ 里または沖合に対して云う山。生活圈の一部としての山。村の背後の生活資料獲得の場としての山。「爺さんが山へ柴刈りに行った」などという時の「山」の観念に当る。従ってこの kim は聳えることができない。それが nupuri 「山」との差である。
知里真志保地名アイヌ語小辞典」北海道出版企画センター p.48 より引用)
「清丸別川」ですが、わざわざ kim を冠しているということは、その対になる川の存在が示唆されます。kim の対義語として真っ先に考えられるのが pis」ですが、「西丸別川」は「清丸別川」よりも東(海側)に位置するため、「西丸別川」が pis- であると考えても位置関係には矛盾はありません。

「エ」でも「ニ」でもなく

「ちょっと待て、松浦武四郎が記録したのは『エシヨマベツ』じゃないのか?」とツッコまれそうな気もしますが、「午手控」(1858) には「ニシヤマルヘツ」あるいは「ニシヨマルヘツ」と記録されているため、「エ──」は「ニ──」の誤字(転記ミス)と考えることも一応は可能です。

もっと重大な問題として、果たして pis-nis- に化けることがあるのか……という話がありますが、これは山側に kim- を冠する川名があることから「化けたんです!」と言い切るしか無いでしょうか(少し北に「ニシユパオマペツ」があったとされるので、その影響を受けた可能性もあるかも知れません)。

ということで、「ニシヨパラペツ」であれば pis-o-para-pet で「海側・にある・広い・川」と考えたいところです。あるいは para ではなく haru で「海側・にある・食料・川」だったかもしれません(=菱の実あたりを拾える沼だった可能性)。

問題は「ニシヤマルヘツ」で、pis-oma-pet で「ル」が行方不明になってしまうので、pis-oma-ru-pet で「海側・そこにある・路・川」となるでしょうか。

あるいは……ですが、pis-oma-ru-pet で「海側・そこにある・(氷が)解ける・川」の可能性もあるかもしれません。

茨散沼(ばらさんとう)

para-san?
広い・棚
(? = 記録はあるが疑問点あり、類型あり)
(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)
「西丸別川」の中流に存在する沼です。前項の繰り返しになりますが、「沼」を「とう」(=to)と読ませるのが面白いですよね。ところが沼の南端にある四等三角点は「茨散沼」を「ばらさんぬま」と読ませているとのこと。この三角点が選点されたのは 1984(昭和 59)年のことらしく、なぜ読みを「ぬま」にしたのか不思議な感じが……。

「茨散沼」の「バラサン」は、どうやら元は海沿いの地名(川名)だったと思われる節があります。永田地名解 (1891) には次のように記されていました。

Para san   パラ サン   平棚 往時此處ニ納屋ヲ作リ米酒味噌等ヲ函館ヨリ取リ寄セカコヒタリト云う
永田方正北海道蝦夷語地名解」国書刊行会 p.373 より引用)
para-san で「平棚」というのは概ね同意です。para は「広い」で san は「棚」なので、より正確には para-san で「広い・棚」と捉えるべきでしょうか。ただその後の「函館からお取り寄せ」云々については……傍証がない限り、ちょっと疑ってかかりたいところです。

厚岸にもほぼ同名と思われる「バラサン岬」があるのですが、厚岸の「バラサン岬」について、更科源蔵さんの「アイヌ語地名解」(1982) を見てみると……

 パラサン岬
 厚岸湾に突き出た岬。パラサンとは広い棚という意味だが、野獣をとる平おとしという罠のこともいい、この岬の岩層がそのおとしに似ているので名付けたもの。
(更科源蔵「更科源蔵アイヌ関係著作集〈6〉アイヌ語地名解」みやま書房 p.270 より引用)
ふむふむ……と思いつつ地形図などを眺めていたのですが、「バラサン岬」のような地形は見当たらないようでちょっと頭を抱えていたりします。もしかしたら「茨散沼」の名のもととなった「ハラサン」は para-san-pet で「広い・浜へ出る・川」だったりしないだろうか……という疑念が……。

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