2016年3月12日土曜日

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アイヌ語地名の傾向と対策 (323) 「杵臼・鵜苫・幌別」

 


やあ皆さん、アイヌ語の森へ、ようこそ。

(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)

杵臼(きねうす)

日高幌別川の東側、トメナ川流域の地名です。「杵臼」「中杵臼」がトメナ川流域にあり、「上杵臼」は上流部の日高幌別川沿いにあります。また日高幌別川の支流のメナシュンベツ川(「女名春別橋」のあるあたり)には「上杵臼開拓地」という地名も見られます。

では早速ですが、「北海道地名誌」を見てみましょう。

 杵臼(きねうす)幌別川中流左岸で,西舎と相対している地区。開拓移住民は明治4年21戸93人の天草団体が草分けとなった。結納には米1升,酒1升のしきたりが開拓当時自然にできたという。
(NHK 北海道本部・編「北海道地名誌」北海教育評論社 p.578 より引用)

「米1升,酒1升のしきたり」が「自然にできた」って、どういうことなんだろう……と不思議に思ったりもするのですが、閑話休題。

軽種馬のほかに今では蔬菜の産地として知られている。杵臼はアイヌ語「ケネ・ウㇱ」の訛ではんの木多いところの意か。
(NHK 北海道本部・編「北海道地名誌」北海教育評論社 p.578 より引用)

「蔬菜」(そさい)という言葉は初めて耳にしましたが、もともとは「食用の草花」などを指す言葉だったのだそうです(根菜も含まれていたものと思われます)。現在では「野菜」とほぼ同義なのだとか。

本題に戻りますが、「杵臼」は kene-us-i で「ハンノキ・群生している・ところ」では無いのか、という説のようです。ただ、東西蝦夷山川地理取調図には「キナトエウシ」という記録があり、また、戊午日誌「東部保呂辺津誌」にも次のようにありました。

またしばしを過て
     キナシ(ト)ヱウシナイ
左りの方小川。此処草多きよりして号るなり。
(松浦武四郎・著 秋葉実・解読「戊午東西蝦夷山川地理取調日誌 下」北海道出版企画センター p.409-410 より引用)

また頭注にも次のようにありました。

kina 草
toye 刈
us いつもする
i  ところ
(松浦武四郎・著 秋葉実・解読「戊午東西蝦夷山川地理取調日誌 下」北海道出版企画センター p.409 より引用)

「北海道地名誌」の著者は「杵」という音に引きづられて kene という解をひねり出したようですが、ここは素直に kina と解釈しても問題ないような気がします。

toye を「刈る」と解釈するのは他の例を確認することができませんでした。kene-toy(e) で「榛原」という解釈が知里さんの「──小辞典」に記載されていましたが、これだと後ろにつく -us-i の解釈が良くわからなくなります。ちょいと toye の解釈が怪しいですが、kina(-toye)-us-i で「草(・刈る)・いつもする・ところ」と解釈しておこうかと思います。

鵜苫(うとま)

浦河町と様似町の境を流れる川の名前です。地名としては「様似町鵜苫」があるようですね。同名の駅が JR 日高本線にもあります。

永田地名解に次のような記載がありました。

Utum an pet  ウト゚ㇺ アン ペッ  合川 幌別ノ古川ト合流スルヲ以テ名ク「ウトマンペツ」ト云フ急言ナリ今ハ鵜苫(ウドマ)村ト稱ス
(永田方正「北海道蝦夷語地名解」国書刊行会 p.280 より引用)

また、山田秀三さんの「北海道の地名」には、次のようにあります。

鵜苫 うとま
 様似町西境の川の名,地名。上原熊次郎地名考に「ウトマンベツ。夷語ウトゥマンベツなり。則抱き合ふ川と訳す。此ウトマンベツ山とポルベツ(幌別)山と並び合ふてある故地名になすといふ」とあり,永田地名解は「ウトゥムアンペッ。合川。幌別の古川と合流するを以て名く」と書いた。
(山田秀三「北海道の地名」草風館 p.342 より引用)

ということで、utumam-pet で「抱き合って寝る・川」と考えて良さそうです。utumam 自体が元々は utom-an で「互いに・存在する」……と分解できるのかも知れませんね。

ちなみに「抱き合って寝る」の意味するところは永田地名解に記載のあるとおりで、幌別川の河口が沿岸流によって堆積された砂浜によって東に捻じ曲げられ、東隣の鵜苫川と合流して海に注いでいたことがあったから、のようです。そのメカニズムおよび命名は「興部」と全く同じのようですね(o-u-kot-pe で「川尻・互いに・くっついている・もの」)。

幌別(ほろべつ)

日高幌別川は浦河町東部を流れる町内有数の大河で、河口部には JR 日高本線の「日高幌別駅」があります。ということで久しぶりに「北海道駅名の起源」を見てみましょう。

  日高幌別(ひだかほろべつ)
所在地 (日高国)浦河郡浦河町
開 駅 昭和12年8月10日
起 源 アイヌ語の「ポロ・ペッ」(親である川)から出たもので、付近を流れる幌内川を指したものであるが、室蘭本線に同名の駅があるため「日高」をつけたものである。
(「北海道駅名の起源(昭和48年版)」日本国有鉄道北海道総局 p.94 より引用)

はい。やはりそのまんまでした(笑)。poro-pet で「大きな・川」と考えて良さそうです。poro を「親である」と解釈するのは知里さんが好んで使っていた流儀なので、この項目は知里さんが担当していた可能性も高そうですね。

ちなみに更科源蔵さんの流儀だと poro-pet は「役に立つ・川」となります。なかなか大胆な解釈ですが、意外とマッチするケースも多いんですよね。

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