2023年2月23日木曜日

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「日本奥地紀行」を読む (女性のための日本の道徳律 (1))

 

イザベラ・バードの「日本奥地紀行」(原題 "Unbeaten Tracks in Japan")には、初版(完全版)と、いくつかのエピソードが削られた普及版が存在します。今日からは、初版の「第二十九信」の最後に添えられた「女性のための日本の道徳律」を見ていきます。
この記事内の見出しは高畑美代子「イザベラ・バード『日本の未踏路』完全補遺」(中央公論事業出版)の「初版からの省略版(普及版)の削除部分を示す対照表」の内容を元にしたものです。当該書において、対照表の内容表示は高梨謙吉訳「日本奥地紀行」(平凡社)および楠家重敏・橋本かほる・宮崎路子訳「バード 日本紀行」(雄松堂出版)の内容を元にしたものであることが言及されています。

女性のための日本の道徳律[女大学]

「日本奥地紀行」の「初版」には、第二十九信の最後に「女性のための日本の道徳律[女大学]」と題した文が添えられていました。この「女大学」は貝原益軒の「和俗童子訓」巻5の「女子ニ教ユル法」をベースにしたものと言われ、Nicholas McLeod が "Epitome of the Ancient History of Japan" にて「女大学」を英訳しています。イザベラは「女大学」の内容を当該書から引用している……ということになるので、つまりは……えーと……

貝原益軒「和俗童子訓『女子ニ教ユル法』」
 ↓(読みやすい形に改変)
「女大学」
 ↓(英訳)
Nicholas McLeod "Epitome of the Ancient History of Japan"
 ↓(引用)
Isabella L. Bird "Unbeaten Tracks in Japan"
 ↓(和訳)
高畑美代子「イザベラ・バード『日本の未踏路』完全補遺」

ということになるでしょうか。

これから、この「女大学」を見ていこうと思うのですが、これがまぁ吐き気がするような酷い内容でして……。間違いなく江戸時代の *負の遺産* なのですが、未だにこんな価値観を良しとする人もいるんですよね……(誰とは言いませんが)。

 第1の教訓。すべての女子は、適齢において他家の男性と結婚しなければならない。それで、女子は舅・姑に従い仕えねばならないので、両親は男児以上に女児の教育に注意深くあらねばならない。もし女子が甘やかされるならば、彼女の夫の親戚と争うことになるであろう。
(高畑美代子「イザベラ・バード『日本の未踏路』完全補遺」中央公論事業出版 p.102 より引用)
この性差別的で時代錯誤な考え方、今でもちょくちょく目にしますよね。「女子は──他家の男性と結婚しなければならない」「女子は舅・姑に従い仕えねばならない」とか、まるで奴隷じゃないですか……。

 第2.女性はよい心根を持つことが見目麗みめうるわしさよりも良しとする。性根のよくない女性は、その激情により騒動を起こし、その目は恐ろしく、大声で、騒々しく、怒るときは家族の秘密を口にし、そのうえ、他の人々を嘲笑い、他の人々を侮り、嫉妬し、他人に対して意地が悪い。
(高畑美代子「イザベラ・バード『日本の未踏路』完全補遺」中央公論事業出版 p.102-103 より引用)
なんかもう、早速引用したことを後悔しているのですが……。「女性は見た目よりも性格」と言えば「そうだよね」と思えるのですが、「性根のよくない女性は──」から始まる文章は……なんですかこれは。

 第3.両親は娘を男性に近づかせないように教育すべきである。
(高畑美代子「イザベラ・バード『日本の未踏路』完全補遺」中央公論事業出版 p.103 より引用)
これはまぁ……多少は理解できなくも無いですが……。

夜分、女性が外を歩くときは、提灯を持ち歩き、出歩くときは、家族の男性ですら、親族の女性と距離を置かねばならない。これらの決まりを無視する人間は礼儀知らずとされて、家族が指弾される。
(高畑美代子「イザベラ・バード『日本の未踏路』完全補遺」中央公論事業出版 p.103 より引用)
は、はぁ。もはや完全に腫れ物扱いのような気も……。

 第4.夫の家は、妻の家である。夫が貧しくなったとしても、妻はその家を去ってはならない。もしそのようなことをして離縁などされれば、その女にとって生涯の恥となろう。
(高畑美代子「イザベラ・バード『日本の未踏路』完全補遺」中央公論事業出版 p.103 より引用)
これはまぁ……今の日本国憲法の下では否定されるべき考え方ですが、まぁ「そんな時代もあったねと」と思わせるものでしょうか。

 夫が妻を離縁してもいい七つの理由がある。妻が舅・姑に従わない場合、不貞を働いた場合、嫉妬深い場合、らい病[ハンセン病]の場合、子どもがない場合、盗みをする場合、お喋りな場合である。
(高畑美代子「イザベラ・バード『日本の未踏路』完全補遺」中央公論事業出版 p.103 より引用)
……は? 「お喋りな場合」は妻を離縁してもいい?

これらの離縁の理由の最後には、いずれも「女性がひとたび夫の家から出されたならば、大変な不名誉である」と付け加えられている。
(高畑美代子「イザベラ・バード『日本の未踏路』完全補遺」中央公論事業出版 p.103 より引用)
なんというか……めちゃくちゃですよね。ひとたび夫の家に入ったならば、死ぬまでこき使われることが前提で、しかも夫の家から *脱出* することが「大変な不名誉」だとされたら、もう逃げ道は無いわけで……。

 第5.娘が結婚していない場合は、両親を敬うべきであるが、結婚したのちは、自分の親以上に舅・姑を敬うべきである。
(高畑美代子「イザベラ・バード『日本の未踏路』完全補遺」中央公論事業出版 p.103 より引用)
これはまた……どこかの宗教団体が喜びそうな内容ですね。いや、舅・姑に敬意を払うのは当然じゃないか……と思われるかもしれませんが、

朝夕に舅・姑の健康に気遣い、彼らのためにすることはないかと尋ねなければならない。また同様に彼らが命じたことはすべてしなければならない。もし、彼らが彼女を叱っても口答えしてはいけない。
(高畑美代子「イザベラ・バード『日本の未踏路』完全補遺」中央公論事業出版 p.103-104 より引用)
続くこの文章を見てしまうと、どう見ても一線を越えてますよね。これは「家族の一員」ではなく「奴隷」「召使い」の心得を記したものにしか見えません。

彼女の気立てが優しい気質を示すならば、最後には、問題も平和的に解決するであろう。
(高畑美代子「イザベラ・バード『日本の未踏路』完全補遺」中央公論事業出版 p.104 より引用)
……は? ツッコミを入れる気力も失われつつありますが……。

 第6.妻は夫以外の主人も師匠も持ってはならない、
(高畑美代子「イザベラ・バード『日本の未踏路』完全補遺」中央公論事業出版 p.104 より引用)
これは当然と言えば当然なのかもしれませんが、「習い事」で師事するという可能性も完全に封じられているんですよね。

それゆえ、夫の言いつけに従い、愚痴をこぼしてはならない。女性が守らなければならない規則は従属である。
(高畑美代子「イザベラ・バード『日本の未踏路』完全補遺」中央公論事業出版 p.104 より引用)
はいぃぃぃぃいいい?(リアクションが壊れつつある) 

妻が夫と話をするときには、笑顔をもって、控えめな言葉をもってして、粗野であってはいけない。これは女性の主たる義務である。
(高畑美代子「イザベラ・バード『日本の未踏路』完全補遺」中央公論事業出版 p.104 より引用)
女性の「主たる義務」って……。ただ、「妻」を「女性社員」に、そして「夫」を「男性社員」に置き換えたりとか、あるいは「夫」を「顧客」に置き換えたりすると、今でも普通に通用しそうな職場もありそうで、ちょっと寒気がしますよね。

妻はその夫の命じるところに従わねばならない。夫が怒っても反抗せずに、従わねばならない。すべて女性は夫を天とあがめ、夫に反抗せず、天の罰を受けねばならない。
(高畑美代子「イザベラ・バード『日本の未踏路』完全補遺」中央公論事業出版 p.104 より引用)
そのうち「妻は夫に鞭打たれても歓喜の声を上げなければならない」とか言い出しそうな予感……(汗)。

 第7.すべての夫の親族は彼女の親族である。彼女は彼らと争ってはならない、さもなければ家族は不幸になるであろう。
(高畑美代子「イザベラ・バード『日本の未踏路』完全補遺」中央公論事業出版 p.104 より引用)
うわっ、この脅し方はまるで「○○教会」そのまんまじゃないですか……。この後絶対「壺」を買わされるパターンですよこれ。

 第8.妻は夫が彼女に対して不実であっても嫉妬してはならないが、優しく、親切な態度で諭すべきである。
(高畑美代子「イザベラ・バード『日本の未踏路』完全補遺」中央公論事業出版 p.104 より引用)
なんとまぁ自分勝手な……。妻が不貞を働いた場合は「離縁しても良い」のに、夫が不実な場合は「嫉妬してはならない」って、どんな不平等条約ですか。

 第9.女性はお喋りであってはならないし、誰の告げ口をしてもいけないし、嘘をついてもいけない。彼女が誰かの中傷を聞いたとしても、繰り返してはいけない──それは家族間の言い争いの原因になるからだ。
(高畑美代子「イザベラ・バード『日本の未踏路』完全補遺」中央公論事業出版 p.104 より引用)
ここまでの「第1」から「第8」があまりに酷かったので、こんな内容でも比較的マトモに見えてくるのが恐ろしいですね。「告げ口は良くない」「嘘はいけない」というのは現代においても有効な処世術というか、ある種の社会規範として有用だと考えられます。ただ、明らかに主語が間違ってますよね……。

こんな調子でまだまだ続くんですが、読むだけで疲労感が半端ないので、今日はこの辺で……。現代においてこんな規範を理想とするのは、もはや異常者としか言いようがないですよね……。

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