2019年1月12日土曜日

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アイヌ語地名の傾向と対策 (596) 「ピヤシリ山・九度山・朱屋朗山・チャトモナイ川」

 

やあ皆さん、アイヌ語の森へ、ようこそ。

(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)

地図をクリックしたら地理院地図に飛べたりします。

ピヤシリ山

piye-sir
あの小石・山
pitche-sir?
剥げている・山


名寄市と上川郡下川町、紋別郡雄武町の 3 市町村の境界に聳える高さ 987 m の山の名前です。名寄市内を同名の川が流れています。また「ピヤシリスキー場」もありますが、ゲレンデ自体はピヤシリ山ではなく九度山の斜面にあります。更には、ピヤシリ山から北北東に 4 km ほど離れたところに「ピヤシリ湿原」もあるようです。

「北海道地名誌」には次のように記されていました。

 ピヤシリ山 986.6 メートル 市の東方にあり,雄武町・下川町などと境を接している。アイヌ語「ピヤ・シリ」で石丘の山の意。
(NHK 北海道本部・編「北海道地名誌」北海教育評論社 p.302 より引用)

pi-ya-sir で「小石・おか・山」と考えた、ということでしょうか。ya を素直に解釈するとこう読み解くしか無い……と言ったところかもしれませんが。

一方で、山田秀三さんの「北海道の地名」には次のようにありました。

ピヤシリ
 九度山の東にある山で,北見との境になっている高山である。語義は分からない。あるいはピイェ・シリ「石(あるいは小石)・山」か?
(山田秀三「北海道の地名」草風館 p.148 より引用)

ふむふむ。「ピヤ」が piye で「あの小石」ではないかと考えたのですね。アイヌ語の名詞には「概念形」と「所属形」があり、pi だと「概念形」なので(一般的な)「小石」を意味します。一方で piye だと「所属形」となるため、単なる「小石」ではなく「その小石」あるいは「あの小石」と解釈すべき……となるでしょうか。

となると次は、ピヤシリのどの辺が「小石」なんだ……という疑問が湧いてきますが、丁巳日誌「天之穂日誌」に次のような記載を見つけました。

過て
    ヒツヒエウシ
左りの方高山川端えさし出たり。此下ヒラに成る也。しばし行て
    ホンヒツヒエウシ
同じく小山にて赤崩岸。
松浦武四郎・著 秋葉実・解読「丁巳東西蝦夷山川地理取調日誌 下」北海道出版企画センター p.78 より引用)

「ヒツヒエウシ」「ホンヒツヒエウシ」の「ヒ」には(ト)とのルビがあります。あるいは「ト」が正しいかも、ということかもしれませんが、一旦ここでは「ヒ」のまま考えることとします。ちなみに、この「ヒツヒエウシ」ですが、現在の「新生川」ではないか……と考えています。

「ヒツヒエウシ」という記録からは、この川の名前は pit-piye-us-i で「小石・あの小石・多くある・もの」と解釈できるのかな、と思えます。新生川を源流に向かって遡ったところに「ピヤシリ山荘」があるのですが、似たようなロジックで「ヒツヒエウシの山」が pit-piye-sir になり、頭の pit が冗長だということで piye-sir で「あの小石・山」になった……という考え方です。

ただ、「あの小石」というのも今ひとつピンと来ない解釈に思えます。ということで、もしかしたら pit-piye ではなく pitche だった可能性もあるんじゃないかな、と思えてきました。pitche であれば「剥げている」、すなわち「岩肌が剥き出しになっている」ということですから、pitche-us-i で「剥げている・多くある・もの(川)」と解釈できます。

「ピヤシリ」は、pitche-us-i を遡った先にある山なので pitche-sir で「剥げている・山」ではないか……という考え方です。pitche が「ピエ」に略されてしまったのでは無いかなぁ、と。

九度山(くどさん)

kut-un-nupuri
岩崖・ある・山


高野山の麓にある町の名前で、関ヶ原の戦いで西軍についた真田昌幸・信繁親子が蟄居させられたことでも有名です……が、それは「九度山」(くどやま)のほうですね。「九度山」(くどさん)は名寄市にある標高 673.8 m の山の名前で、南斜面にはピヤシリスキー場のゲレンデがあります。

「くどさん」という読みは、倶知安の由来ではないかとも考えられる「倶登山川」(くとさん──)と似てるなぁ……と思ったのですが、面白いことに名寄の「九度山」も、ちょっと古い文献を見ると軒並み読みが「くとさん」とされているんですよね。

ということで、今回は更科源蔵さんの「アイヌ語地名解」を見てみましょう。

 九度山(くとさん)
 もと名寄市と智恵文村との境をなしていた、六八八メートルのの九度山は、名寄市民のスキー場になっているが、
(更科源蔵「更科源蔵アイヌ関係著作集〈6〉アイヌ語地名解」みやま書房 p.167 より引用)

あの更科さんのことです。この程度で文章が終わるはずはありません。もちろん続きがありまして……

もとはアイヌ語のクッウンヌプリといった山で、岩崖のある山という意味であり、この山はアイヌの人達が古い時代に礼拝した大事なチノミシリ(われわれが礼拝する山)であった。
(更科源蔵「更科源蔵アイヌ関係著作集〈6〉アイヌ語地名解」みやま書房 p.168 より引用)

ページが変わって初めての「。」がようやく出てきました。本題に戻りますと、kut-un-nupuri で「岩崖・ある・山」では無いかとのこと。あるいはもっとストレートに kutu で「あの岩崖」だったのかもしれませんね。

川の名前と比べて山の名前には無頓着だったと言われるアイヌが、わざわざ九度山に名前をつけていた理由について、更科さんは次のように記していました。

それはこの山は熊などの獲物が多くいた山か、もしくは、どこから見ても形ですぐこの山であることの分かるかで、獲物を追って道に迷ったときなどに、この山を見つけると方向がわかり、道案内をし無事に部落へ帰らしてくれる神山であったわけである。
(更科源蔵「更科源蔵アイヌ関係著作集〈6〉アイヌ語地名解」みやま書房 p.168 より引用)

あー、これは確かにそのとおりですね。「アイヌは山の名前には無頓着だった」と書きましたが、ランドマークとなる山についてはしっかりと名前をつけていました。なるほど、九度山はランドマークとして「使える」山だったのですね。

朱屋朗山(しゅやろう──)

sup-ya-oma-nay
激湍・の岸・そこに入る・川


九度山の北、名寄市と美深町の境にある山の名前です。「アイヌは山の名前には無頓着だった」と書きましたが、この山についてはどうやら正解だったようでして……。

九度山と朱屋朗山の間を「吉野川」という名前の川が流れていますが、どうやら元々は「シユツフヤヲマナイ」という名前だったようです。丁巳日誌「天之穂日誌」にも次のように記されています。

     シユツフヤヲマナイ
左小川。此シユホロの下迄鱒多く来り、是上り上えは上らざる由也。
(松浦武四郎・著 秋葉実・解読「丁巳東西蝦夷山川地理取調日誌 下」北海道出版企画センター p.74 より引用)

明治の頃の地形図を見ても、現在の「吉野川」の位置に「シュプヤオマ」と記されています。これは sup-ya-oma-nay で「激湍・の岸・そこに入る・川」と読み解けます。「オマ」が「朗」に化けたのは……何故なのか、ちょっと想像がつかないですね(汗)。

チャトモナイ川

sar-tomo-oma-nay??
湿地・真ん中・そこに入る・川


かつては「シュプヤオマ」と呼ばれていた「吉野川」の東隣を流れる川の名前です。明治の頃の地形図にも「チャトモオマナイ」と記されています。丁巳日誌「天之穂日誌」には「サアトモヲマナイ」と記されていました。

実際の地形と「天之穂日誌」の「サアトモヲマナイ」という記録からの類推ですが、sar-tomo-oma-nay で「湿地・真ん中・そこに入る・川」あたりでしょうか。

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