2020年3月1日日曜日

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北海道のアイヌ語地名 (707) 「ヌッチ川」

 

やあ皆さん、アイヌ語の森へ、ようこそ。
(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)
地図をクリックしたら地理院地図に飛べたりします。

ヌッチ川

not-us-i???
岬・ついている・もの

(?? = 典拠あるが疑問点あり、類型未確認)
余市の市街地は、国道 5 号や JR 函館本線が通っている「余市駅」周辺と、余市駅から国道 229 号で北西に向かった先にある「余市港」周辺に分かれています。両者は完全に分離しているわけではありませんが、間に電波塔の立つ山があり、自然と境界ができている、と言った感じでしょうか。

駅の周りの南東部には「余市川」が流れていますが、本来は港の周りの北西部が狭義の「余市」だったようです。ヌッチ川は、電波塔の北西、狭義の「余市」の南東を流れています。

「ノツ」と「ヌウチ」

まずは山田秀三さんの「北海道の地名」を見てみましょうか。

ヌッチ川の意味ははっきりしない。西蝦夷日誌は「ノツ。ヌウチ川と云。訳て沙の岬の事なりと」と書いたが,それには砂という意味はない。ノッ(岬)を考えた解らしい。あるいはノチ(その岬)と読んだものか?
(山田秀三「北海道の地名」草風館 p.487 より引用)
ふむふむ。そう言われてみれば、「東西蝦夷山川地理取調図」にも「ノツ」という地名が描かれています。not に「砂」という意味がないのは山田さんの指摘通りです。

「ヌ オッチ」=豊漁場?

永田地名解には次のように記されていました。

Nu ochi  ヌ オッチ  豊漁場 豊漁ヲ「ヌー」ト云ヒ漁獲多キ處ヲ「ヌーウシ」或は「ヌオツチ」ト云フ「ヌツチ」ト云フハ訛リナリ
永田方正北海道蝦夷語地名解」国書刊行会 p.93 より引用)
永田地名解にしては(こら)随分と穏当な内容が記されています。山田さんが「音から見てむりのない解らしい」と紹介するだけのことがあります。

「野束川」=「ノッカ」?

ただ、明治時代の地形図を見てみると、「ヌッチ川」のところに「野束川」と記されています。これを「のつか」と読むのであれば、「ノッカ」即ち not-ka で「岬・岸」だった可能性が出てきます。

「ヌウチ」= not-us-i ?

西蝦夷日誌には「ノツ(ヌウチ川と云、橋有)」と記されていましたが、永田方正は「『ノツ』と『ヌウチ川』は隣接しているものの別物」と捉えていたように見受けられます。ただ、明治時代には「ヌッチ川」は「野束川」と呼ばれていて、これは「ノツ」との関連性が強く見られる……ということになります。

少し考えてみましたが、これは永田説を一旦否定してしまうのが早そうに思えます。西蝦夷日誌にある「ヌウチ」は、not-us-i で「岬・ついている・もの(川)」だったのではないでしょうか。

ここで言う「岬」は「モイレ岬」ではなく、電波塔のある山の北端(国道 229 号の「奴津知橋」のあたり)と見るべきかと思います。「岬についているもの(川)」が現在の「ヌッチ川」ということになりますね。

「ノツ」と「ヌツハヲマナイ」

なお、「東西蝦夷山川地理取調図」には「ノツ」の東隣に「ヌツハヲマナイ」という川を描いています。「ノツ」は岬を意味していると考えられるので、本来の川の名前は「ヌツハヲマナイ」だった可能性がありそうです。nup-pa-oma-nay で「野・かみて・そこに入る・川」と読めるでしょうか。

興味深いことに、永田地名解には「ヌ オッチ」の次に「ヌツハヲマナイ」に相当すると考えられる川を記録しています。

Nup pa oma nai  ヌㇷ゚ パ オマ ナイ  野東川
(永田方正「北海道蝦夷語地名解」国書刊行会 p.93 より引用)
とてもややこしいことになってきました。「東西蝦夷山川地理取調図」には「ノツ」という岬と「ヌツハヲマナイ」という川が描かれていた、というのは既に記した通りです。

一方で「西蝦夷日誌」には「ノツ」の別名?として「ヌウチ川」があるとしました。「再航蝦夷日誌」にも「ヌウシ(ヌウチとも云り)」と記されています。

そして明治時代の地形図には、「野東川」ではなく「野束川」という名前で記録されていて、なぜか現在では「ヌッチ川」という名前で呼ばれています。

「ヌウシ」+「ヌㇷ゚パオマナイ」=「野束川」→「ヌッチ川」?

これらの情報を総合して考えると、現在の「ヌッチ川」は「ヌウシ」と「ヌㇷ゚パオマナイ」のどちらでも呼ばれていた……と考えたくなります。松浦武四郎はどちらの名前も記録していますが、面白いことにその記録は排他的なものです。

永田方正は「ヌ オッチ」と「ヌㇷ゚ パ オマ ナイ」がそれぞれ異なる川として併記してしまいましたが、「ヌㇷ゚ パ オマ ナイ」の解?として記した「野東川」が「野束川」と誤読され、そして「野束川」の「ノツカ」という読みはむしろ「ヌウチ」に意味が近づく……というミラクルがあった、と考えたくなります。

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