2020年3月14日土曜日

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アイヌ語地名の傾向と対策 (710) 「チャラツナイ岬・セタカムイ岩」

 

やあ皆さん、アイヌ語の森へ、ようこそ。

(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)

地図をクリックしたら地理院地図に飛べたりします。

チャラツナイ岬

charse-nay
すべり降りている・川

(典拠あり、類型多数)

古平(ふるびら)町の東部、余市町との境界の近くにある岬の名前です。

明治時代の地形図には「チヤラツナイ崎」の東側、現在の町境に相当する位置に「チヤツナイ」(ママ)という川が描かれていました。岬の名前に「ナイ」は変だと思っていたのですが、なるほど東側の川の名前と考えれば納得が行きます。

改めて「東西蝦夷山川地理取調図」を眺めてみると、「チヤラツナイ」の西に「チヤラツナイエト」と描かれていました。「エト」は etu で「鼻」という意味、地形としては「岬」を意味します。

「チャラツ」というのは何とも聞き慣れない語彙ですが、「西蝦夷日誌」には次のように記されていました。

廻りて崖下、(九町五十間)チヤラセナイ(上に瀧有)、此處の上に出たり。
松浦武四郎・著、吉田常吉・編「新版 蝦夷日誌(下)」時事通信社 p.152 より引用)

あー、これだと意味するところは明瞭ですね。charse-nay で「すべり降りている・川」と理解して良いでしょう。「チャルセナイ」や「チャラシナイ」という形で道内各所に同名の川があります。

実際に「チャラツナイ」であった可能性を探ってみる

「チャラツナイ」は「チャラシナイ」の誤記だった可能性もあるかもしれません。「西蝦夷日誌」や「竹四郎廻浦日記」では「チヤラセナイ」でしたが、「東西蝦夷山川地理取調図」が「チヤラツナイ」だった他、「再航蝦夷日誌」も「チヤラツナイ」でした。

ただ、本当に「チャラツナイ」と呼ばれていた可能性もあったんじゃないか……と思って少し(本当に少しだけ)考えてみました。charsechar-se に分解できるとされ、char知里さんの見立てでは「ザアッという音」とのこと(他に「チャラチャラ」という擬音だ、という解釈もあるみたいですが)。

char-ot-nay で「ザアッという音・多くある・川」と考えられなくは無い……かもしれませんが、今ひとつしっくり来ない感じもします(これだと「ツ」の音が埋もれそうな気がします)。

あるいは char-tun-nay で「ザアッという音・谷・川」という風にも考えられるかもしれません。tun-nay は、元々は utur-nay で「間・川」ではないかという考え方がありますが、「チャラツナイ」の川はまさに「間の川」と呼ぶに相応しい地形のように思えてきます。

そう言われてみれば char-tun-nay であれば音韻変化で chat-tun-nay となるので、「チヤツナイ」となってもそれほど不思議でも無いような……(じゃあ何故「岬」は「チヤ*ラ*ツナイ」なんだ、という話になりますが)。

セタカムイ岩

seta-kamuy
犬・神

(典拠あり、類型あり)

国道 229 号の「豊浜トンネル」と「沖歌トンネル」の間に「セタカムイ道路防災祈念広場」という場所があります。近くには「豊浜トンネル崩落事故慰霊碑」があり、慰霊碑から 200 m ほど北東に「セタカムイ岩」があります。名前こそ「──岩」ですが、実際には「岬」と言えそうな地形です。

「東西蝦夷山川地理取調図」には「カムイエト」と描かれていました。これだと kamuy-etu で「神・岬」ということになりますね。「永田地名解」も「神・岬」説だったようです。

Kamui etu  カムイ エト゚  神岬
永田方正北海道蝦夷語地名解」国書刊行会 p.96 より引用)

現在「セタカムイ岩」と呼ばれているのは何故か……は良くわかりませんが、「西蝦夷日誌」には次のように記されていました。

(四町卅間)ウヲセ、幷てマタロクシ(屏風岩)、セタカモイ(大岩)カモイエトとも云。
(松浦武四郎・著、吉田常吉・編「新版 蝦夷日誌(下)」時事通信社 p.152 より引用)

どうやら「セタカムイ」「カムイエト」のどちらでも呼ばれていたような書きっぷりですね。seta-kamuy であれば「犬・神」と考えるべきかと思いますが、岩が遠目からは犬の姿に見えた、とかでしょうか(旧・大成町の「親子熊岩」を思い出しますね)。

セタは犬か狼か

……などと思っていたら、更科さんの「アイヌ語地名解」にしっかりと記載がありました。

 セタカムイ岩
 古平町沖村の海中にある立岩、セタカムイとは犬神ということで、犬が遠吠えしているような岩である。
(更科源蔵「更科源蔵アイヌ関係著作集〈6〉アイヌ語地名解」みやま書房 p.42 より引用)

手持ちの資料にはちゃんと目を通しましょう、という話ですよね(汗)。

アイヌの文化神オキクルミが飼っていた犬を置いて、異国に去ったので、飼犬が主人をしたって、遠吠えしながら岩になったという伝説がある。
(更科源蔵「更科源蔵アイヌ関係著作集〈6〉アイヌ語地名解」みやま書房 p.42 より引用)

おー、まるで忠犬ハチ公のようなストーリーですね。

然しこのセタは犬ではなく狼だともいう。
(更科源蔵「更科源蔵アイヌ関係著作集〈6〉アイヌ語地名解」みやま書房 p.42 より引用)

ほう……。あっ、そういえば「西蝦夷日誌」に「ウヲセ」という記録がありました。「東西蝦夷山川地理取調図」にも「ヲヽセ」とありますが、これは wose で「(犬や狼が)遠吠えする」ではないかと思われます。

実際に、犬または狼の遠吠えが聞こえる、あるいは良くこだまする場所だったのかもしれませんね。

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