2022年8月7日日曜日

次の投稿 › ‹  前の投稿

北海道のアイヌ語地名 (959) 「チャカババイ川」

 

やあ皆さん、アイヌ語の森へ、ようこそ。
(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)
地図をクリックしたら地理院地図に飛べたりします。

チャカババイ川

chakpa-nay???
戸を開ける・川
(??? = 典拠なし、類型未確認)
「テッパンベツ川」とその北支流である「コタキ川」の北隣を流れる川の名前です。ルシャ川やテッパンベツ川と比べると随分と短い川で、山中を酷く蛇行しているのが特徴でしょうか。

明治時代の地形図には「ルサ川」の北東に「サカパパイ川」という名前で描かれていました。「テッパンベツ川」の名前は無く、より規模の小さい「チャカババイ川」が描かれているというのも不思議な感じがしますね。

「チャカババイ」を探せ

「東西蝦夷山川地理取調図」には「ルシヤ」と「カハラヲワタラ」という川名・地名が描かれています。「カハラヲワタラ」は現在「カパルワタラ」と呼ばれているあたりのことだと思われるのですが、問題はこの両者の間に膨大な地名・川名らしきものが描かれている点で……これは表の出番ですかね。

「午手控」戊午日誌「西部志礼登古誌」東西蝦夷山川地理取調図明治時代の地形図斜里郡内アイヌ語地名解地理院地図
ルシャ(小川)ルシヤ(小川)ルシヤルサ川ルシャ川ルシャ川
レッパンヘツ(川)レツハンベツ(中川)??テッパンベツ川テッパンベツ川
?チヤカヲハニ(小川)チヤロカハエサカパパイ川チャカババイ川チャカババイ川
トシトルハウシトントルハウシ?ト゚ㇱト゚ルパウㇱ?
??ヘケ???
チャカヲハニ(小川)チヤカハヽイ*1チカホハニ???
トシトロハウシ??*2???
テケル(高崖)ヘケル*1(小川)テケル???
チヤラツセナイ(大滝)チヤラセナイ(大滝)ソランケペツチャラセイタキノ川
ホンユルシ(崖)ホンユルシ(岬)ホンエヲロシ*2?ウェン・エホルシ?
ウハシムイ(崖)ウハシムイ(岬)ウハシヲマイ?ウパショモイ?
エヘスカケウシ(崖穴)エベスカケウシ(湾)イエヘシニケウエウシ?チャロ・ワタラ・ウㇱ・モイ?
大岩サキホロシユマエンルン*3(大岩)????
?ホロワタラ*3(大岩)ホロワタニ??蛸岩?
チヤラセホロノホリ(高山)チヤラセホロノホリ??知床岳?
大瀧ホロソウ(滝)??チャラッセイチャラセナイ川?
チヤラセホロ(洞窟)????
ハシュイワタラ(大岩)カシユニエンルン(大岬)???カシュニの岩
ハシュニ(岬)ハシユニ(岬)ハアシユニカㇱュウニカシュニ?
?カハラヲワタラ(大岩)カハラヲワタラカパルワタラ?カパルワタラ

*1 「ヘケル」の別名が「チヤカハヽイ」とも読める。
*2 「ホンユルシ」の本名が「ホンエヲロウシ」との記載あり。但し「東西蝦夷山川地理取調図」では「チカホハニ」と「テケル」の間に「ホンエヲロシ」と描かれている。
*3 秋葉實氏は両者の順序が逆ではないかとしている。

随分と大きな表になってしまいましたが、どうかご容赦を。戊午日誌には「チヤカヲハニ」と「チヤカハヽイ」という似た名前の川?が記録されていますが、「午手控」には「チャカヲハニ」だけが記録されています。

また「午手控」では「トシトルハウシ」と「トシトロハウシ」という似た地名?が記録されているという混乱が見られます。「斜里郡内アイヌ語地名解」では「チャカババイ川」と「ト゚ㇱト゚ルパウㇱ」に統一されているので、似た地名・川名が複数存在するのは記録の重複があったと考えたいです。

「折れそうな岩」説

川の規模の割には何故か記録が良く残っている感のある「チャカババイ川」ですが、永田地名解にも次のように記されていました。

Sa kapapa-i   サ カパパイ   前ヘニ傾キ折レントシタル岩 「」ハ前「カパパ」ハ傾キ折レントスルノ義「」ハ處ノ義、松浦地圖ハ「チヤロカハエ」ニ作リ松浦知床日誌ニハ「チヤカヲハニ」ニ作リ云フ子供ノ喧嘩セシ故事アリトハ誤リナリ松浦氏ノ地圖ト日誌ト相異ナルコト獨リ之ノミナラズ
永田方正北海道蝦夷語地名解」国書刊行会 p.492 より引用)
解の妥当性についてはさておき、永田方正が松浦武四郎の記録を良く検討していることがわかる一文ですね。永田方正は戊午日誌「西部志礼登古誌」の「チヤカヲハニ」と「東西蝦夷山川地理取調図」の「チヤロカハエ」が「サ カパパイ」であるとしていて、(重複と思われる)「チヤカハヽイ」と「チカホハニ」を切り捨てているようです。

「『カパパ』は傾き折れんとするという意味」というのは意味不明ですが、「アイヌ語千歳方言辞典」によると kapa で「~をペチャンコにする」という意味があるとのこと。なお kapap は「コウモリ」を意味するそうで、「アイヌ語方言辞典」によると宗谷・樺太・千島以外の地点で用例が確認されています。

「喧嘩をした子供が泣いた」説

永田方正がドヤ顔で否定した戊午日誌「西部志礼登古誌」には次のように記されていました。ちょっと長いですが「チヤラセナイ」(=タキノ川?)から引用しますと……

またしばし過て
     チヤラセナイ
大滝一ツ高岸に有、よつて号るなり。是より先転太浜ごろたはま少しヅヽ有る様に成たり。しばし過
     ペケル
高岩岸の下に少さき川有るなり。其辺木立なり、是をまた
     チヤカハヽイ
と云よし、其訳何なる哉しらず。五六丁も岸の下を行て平浜
     トシトルハウシ
此処むかし判官様縄をば引て干たるか故に号るとかや。此上峨々たる山也。並びて
     チヤカヲハニ
小川有。小石原少し有。上は直にルシヤ岳に成る也。其訳は往昔子供か此処にて喧嘩をしてなきたるよしにて申伝ふ。
(松浦武四郎・著 秋葉実・解読「戊午東西蝦夷山川地理取調日誌 中」北海道出版企画センター p.53-54 より引用)※ 原文ママ
「チヤ」で始まる地名のオンパレードで Finzy Kontini もビックリと言ったところですが、「チヤカハヽイ」と「チヤカヲハニ」に重複の可能性があるのは既述の通りです。

「泣く」を意味する自動詞(一項動詞)は cis ですが、ciskar で「~を泣く」を意味する他動詞(二項動詞)になるとのこと。「チヤカヲハニ」あるいは「チヤロカハエ」をどう解釈するかは……ちょっと良くわからないというのが正直なところです。

「擬音」説

「斜里郡内アイヌ語地名解」には次のように記されていました。

 チャカババイ川 「チャカカパイ」(chakakapa-i)。チャカカパ(ジャアジャアする),イ(所)。水がジャアジャア落ちる所。
知里真志保知里真志保著作集 3『斜里郡内アイヌ語地名解』」平凡社 p.266 より引用)
こ、これは……。またしても新説が飛び出しましたが、少なくとも知里さんは既存の説を捨てた……ということになりますね。

「チャカカパ」という語は辞書類にも見当たりませんが、「アイヌ語沙流方言辞典」には「コイチャカカ」という自動詞が立項されていました。

koycakaka コイチャカカ【自動】[koy-cak-a-ka 波・(擬音の語根)・(他動詞化)・(重複)] (水鳥が)サーッと水を切って行く。
(田村すず子「アイヌ語沙流方言辞典」草風館 p.353 より引用)
ふむふむ。やはりこちらも擬音なんですね。

また「アイヌ語千歳方言辞典」には「チャカカ」という二項動詞(他動詞)が立項されていました。

チャカカ cakaka  【動2】 (浮んできたあく)をすくって、鍋の中に再びたらたらとたらし、あくの泡をつぶして消す;チャカ caka は「開く」ことであるので、泡を開いて消すことを指しているのかもしれない。
(中川裕「アイヌ語千歳方言辞典」草風館 p.260-261 より引用)※ 原文ママ
鍋での「あく取り」の専門用語?なんですね。もっとも灰汁を鍋に戻すというのはユニークかもしれませんが……。「チャカババイ川」の意味も「あく取りに行く」とかだったら斬新ですが、流石に無いですよね。

「戸を開ける・川」説

上記の引用文中に「チャカ caka は『開く』ことである」とあるのですが、具体的には「(戸などを)開ける」という意味とのこと。そう言えば「チャカババイ川」は途中で大きく蛇行していて、下流部から上流部を見通すことができない地形を形成していました。

川の規模は異なりますが、道北の中川町に「安平志内あべしない川」という川があります。この川も途中で大きく山がせり出していて、下流部から上流部を見通すことができなくなっている場所があるのですが、apa-us-nay で「戸・ついている・川」である可能性があるんじゃないか……と推測しています。

「安平志内川」からの類推なのですが、「チャカババイ川」も chakpa-nay で「戸を開ける・川」だった可能性があるんじゃないかと……。

前の記事続きを読む

www.bojan.net
Copyright © 1995- Bojan International

0 件のコメント:

新着記事