2018年4月22日日曜日

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アイヌ語地名の傾向と対策 (527) 「有珠川・勇振川」

 

やあ皆さん、アイヌ語の森へ、ようこそ。

(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)

有珠川(うす──)

us-nay?
入江・沢


JR 室蘭本線の糸井駅と青葉駅の間を流れる川の名前です。厳密には「苫小牧川」ですが、見るからに後からやってきた苫小牧川に母屋を乗っ取られた感が満載です。苫小牧川は、もともとは王子製紙の敷地内を通って海に向かっていましたが、山手を迂回して有珠川と合流する形に流路が付け替えられたようです。

この「有珠川」ですが、「有珠の沢」という表現もちょくちょく見かけます。たとえば(Google Map によると)川の西側に沿っている通りの名前が「有珠の沢通」のようです。

「蝦夷日誌」や「東西蝦夷山川地理取調図」などでは「有珠川」に相当する川の存在を特定できませんでした。どうやら名前が変遷したらしく、明治期の地形図に「マーパオマナイ」とあるのが、どうやら現在の「有珠川」のように思われます。

ma-pa-oma-nay であれば「澗・かみて・そこに入る・沢」と言った意味でしょうか。それがいつしか「ウスノ沢」に化けたことになりますが、us-nay であれば「入江・沢」とも解釈できますね。

単に「ウスナイ」だけであれば色々と解釈できてしまいますが、その前に「マーパオマナイ」と呼ばれていた時代があったことを考えると、「入江・沢」の可能性がちょっとだけ大きくなるかな、などと……。

勇振川(ゆうぶり──)

yu-o-p-ri??
湯・多くある・もの・高い


えー、誤字ではありません(汗)。「ウトナイ湖」からの流出河川の名前が「勇払川」で、また、ウトナイ湖に西から流入する河川の名前も同じく「勇払川」ですが、かつてはウトナイ湖に流入する河川の名前が「勇振川」でした。「勇振」の名前は沼ノ端の北にある「勇振大橋」の名前に残っていますね。

そして……のっけから前言撤回というか追加情報なのですが、かつての「勇振川」(現在の「勇払川」上流)はウトナイ湖(ウトナイト沼)に注ぐのではなく、現在の「旧勇払川」のルートを通っていたようです(って、「旧勇払川」と書いてある時点で一目瞭然という説も)。勇振大橋のあたりからウトナイ湖に向かうようになったのは、人工的な改良だったようですね。

山田秀三さんの「北海道の地名」には、次のようにありました。

 同時代の野作東部日記では「湯淵川(勇払川)。水源五里備々(美々)と云所の山間より出。此川上二里程,西の方に由布振(ゆふぶり)川有て此川に落合なり。此川上往昔温泉有,湯の如くなる水なる故ユウと訛り云る也」と書いた。この後の方が勇払川本川である。
(山田秀三「北海道の地名」草風館 p.379 より引用)

盛大な孫引きで申し訳ありません。野作東部日記に「由布振」とあるのが、どうやらかつての「勇振川」のことだったようですね。「勇振」の「勇」が yu で「温泉」の意味であることは理解できるのですが、「振」の意味がさっぱりわかりません。

「東西蝦夷山川地理取調図」を見てみると、「勇振川」が「勇払川」と合流するところに「ユウブブト」と記されています。また、永田地名解にも次のように記されています。

Yup putu  ユーㇷ゚ プト゚  溫泉川口
永田方正北海道蝦夷語地名解」国書刊行会 p.216 より引用)

yu-p で「温泉・するもの」と考えろ、ということでしょうか。ただ、知里さんの「──小辞典」によると、-p

-p これは動詞・形容詞──それもかならず母音で終るもの──について,「……するもの」「……であるもの」の意をあらわす。
(知里真志保「地名アイヌ語小辞典」北海道出版企画センター p.85 より引用)

とあるので、この解釈は既に文法的には破綻していることになります。ですので、おそらく yu-o-p で「湯・多くある・もの」だったのでしょうね。

明治期の地形図を見ると、現在の「勇振川」(勇払川上流部の支流)のところに「ソーアンポンユープリ」とあります。これは「東西蝦夷山川地理取調図」の「ホンユウフ」のことだと思われますが、いつの間にか「リ」が付加されています。

「ソーアンポンユープリ」は so-an-pon-{yu-o-p}-ri と解釈すべきでしょうか。これだと「滝・ある・小さな・{勇振}・高い」となりそうです。ri の位置が変な感じもしますが、tanas-ri と解釈できそうな地名が近くにあったようなので……。

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