2018年4月15日日曜日

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アイヌ語地名の傾向と対策 (525) 「横知別川・ポンベツ川・ポロト湖・ウツナイ川」

 

やあ皆さん、アイヌ語の森へ、ようこそ。

(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)

横知別川(よこちべつ──)

yuk-ot-pet
鹿・多くいる・川


白老川の中流域で合流する西支流の名前です。おそらくこの読み方で合っていると思いますが、もし違っていたらご指摘ください。

現在の「横知別川」のあたりを古い地形図で確かめてみると「ウサ????ナイ」と書いてあるように見えます。その情報を元に「東西蝦夷山川地理取調図」を見てみると、確かに「ウサロクテナイ」という名前の川が記されています。

また「東蝦夷日誌」には「ウサンロクテナイ(左川)」と記されています。若干の異同はありますが、このような名前で呼ばれていたようですね。肝心の地名解については……うーん、なんでしょう。u-san-{rok-te}-nay で「互いに・山から浜に出る・{座らせる」・川」と読めそうな気はしますが、そもそも「座らせる川」って何なんだ、という……(汗)。

あー、でも「互いに射る川」があるんだから、「座らせる川」があってもいいのかも?

さて、そんな謎な「ウサンロクテナイ」ですが、いつ頃からか現在の「横知別川」に近い名前に変わっていたようで、永田地名解には次のように記されていました。

Yukope, =yuk-o-pe  ユコペ  鹿多キ處 「ユコペ」ハ「ユㇰオペ」ノ急言
永田方正北海道蝦夷語地名解」国書刊行会 p.204 より引用)

あーなるほど。yuk-o-pe だと文法的に変なので yuk-o-p として考えますが、「鹿・ 多くいる・ところ」と読み解けますね。

勘の鋭い方は「じゃあどこから『別』が出てきたんだ?」と思われるかもしれませんが、現在の「ヨコチベツ」という音から考えると、yuk-ot-pet で「鹿・多くいる・川」と解釈するのが良さそうに思えます。

「ウサンロクテナイ」が何故「ユコペ」あるいは「ユコッペッ」に変化したのか……という話ですが、もしかしたら i-san-{rok-te}-nay で「アレ・山から浜に出る・{座らせる}・川」だったりするのでしょうか。「座らせる」が「しつける」即ち「仕留める」という意味だったりしたら面白いのですが。

ポンベツ川

pon-pet
小さい・川


白老川上流部の支流の一つで、西側が本流の「白老川」で、東側が支流の「ポンベツ川」です(間を「深沢川」が流れています)。

「ポンベツ」は pon-pet で「小さい・川」と考えられます(知里さんだと「子である・川」とするかもしれませんね)。何の変哲もない川名なので、これ以上ネタを膨らませようも無いような気がしていたのですが、ありがたいことに「竹四郎廻浦日記」に「ポンベツ」の由来が記されていました。

 是より左右に分れ、右の方少し小さく、是を惣名してホンヘツと云。少し上りて、イシカリシラヲイ、リテアイシラヲイ。此処に至て滝有。昔時より此上に上りしものなしと聞り。此辺シコツ岳の後ろに当るなり。
松浦武四郎・著 高倉新一郎・解読「竹四郎廻浦日記 下」北海道出版企画センター p.555 より引用)

「リテアイシラヲイ」については「クテアイシラヲイ」という記録がいくつか見つかったので、誤字の可能性がありそうですね。位置的には現在の「深沢川」を指す可能性がありそうです。意味についてはちょっと良くわかりませんが……。

本題に戻って「ポンベツ川」ですが、どうやら「イシカリシラヲイ」という名前が正式?だったらしく、通称が「ポンベツ」(小さい川)だったみたいですね。この「イシカリ」も「イシカリブーベツ川」と似たような感じで水源部が回った先にありそうなので、e-sikari-{siraw-o-i} で「頭(水源)・回っている・{白老川}」と考えていいのではないでしょうか。

ポロト湖

poro-to
大きな・沼


白老駅のすぐ近くにある湖の名前です。「ポロトコタン」のあるところとして有名ですね。地図をよーく見ると、隣に「ポント沼」もあることに気がつきます。

山田秀三さんの「北海道の地名」を見ておきましょうか。

ポロト
 白老町内の地名,湖沼名。白老の観光施設としてポロトにアイヌのコタンが作られ,名所となった。その沼は二つ沼が並んでいて,ポロト(poro-to 大・沼),ポン・ト(pon-to 小・沼)と対照して呼ばれていた。この形の沼名は北海道各地に多い。
(山田秀三「北海道の地名」草風館 p.383 より引用)

はい。poro-to で「大きな・沼」ということですね。……以上!(汗)

ウツナイ川

ut-nay
肋(あばら)・川


ポロト沼の流出河川で、最終的には社台川と合流して海に注いでいます。ポロト沼から海までは、直線距離で 1 km ほどですが、ウツナイ川はわざわざ社台川の河口まで横に流れています。沿岸流によって海岸の砂が流されて、川が海への出口を失うというお馴染みの現象ですね。

「ウツナイ」は、苫小牧の「ウトナイ湖」と同じく ut-nay で「肋・川」ではないかと思われます。今回の例だと社台川を「背骨」と考えていただきたいのですが、「ウツナイ川」は社台川に対してほぼ直角に合流しています。これを「あばら骨」と「背骨」の関係のように捉えて「あばら川」と呼んだ……ということでしょう。

面白いことに、「東蝦夷日誌」や「竹四郎廻浦日記」には「ウツナイ」の記録は無く、代わりに「ヲモツナイ」という名前の川が記録されています。東蝦夷日誌には次のように記されています。

(凡三十丁)ヲモツナイ(小川)上に沼有て沼尻とも云り。
(松浦武四郎・著、吉田常吉・編「新版 蝦夷日誌(上)」時事通信社 p.101 より引用)

「沼」は「ポロト沼」のことではないかと考えられます。永田地名解も見ておきましょうか。

Numa jiri  ヌマ ジリ   和名ナリ、「ヌマシリ」ト發音スレバ蝦名ノ如クナレドモ似テ非ナル者
O-mut nai  オムッ ナイ  川尻塞ル川
(永田方正「北海道蝦夷語地名解」国書刊行会 p.203 より引用)

ここまでの記載から、「ヲモツナイ」のあたりの地名を「沼尻」と呼んでいたのかな、と考えられそうです。「ヲモツナイ」あるいは「オムッ ナイ」の地名解ですが、o-mu-nay で「河口・塞がる・川」か、あるいは o-mu-ot-nay で「河口・塞がる・いつもする・川」だったのでしょう。

つまり、沿岸流によって海岸の砂が流され、河口が塞がれてしまったために、直接海に注ぐ出口を失い、社台川の支流になってしまった……ということなのでしょうね。「オムッナイ」と「ウッナイ」、ちょっとだけ似ていることもあってか、いつの間にか呼び方が変わったと言ったところでしょうか。

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