2020年2月9日日曜日

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アイヌ語地名の傾向と対策 (702) 「カモイルベシュベ川・ヌップ・鷹泊」

 

やあ皆さん、アイヌ語の森へ、ようこそ。

(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)

地図をクリックしたら地理院地図に飛べたりします。

カモイルベシュベ川

kamuy-ru-pes-pe
神様(熊)・道・それに沿って下る・もの

(典拠あり、類型多数)

深川市と幌加内町を結ぶ国道 275 号は、鷹泊ダムの手前で雨竜川沿いを離れ、幌加内峠をトンネルで抜けて北に向かいます。カモイルベシュベ川は、幌加内トンネルに向かう国道 275 号の近くを流れる川の名前ですが、地理院地図には殆どの区間が川として描かれていません。

「東西蝦夷山川地理取調図」には「ルヘシヘナイ」という名前の川が描かれていました(但し実際の川の規模と比べて異様に長く描かれているので、もしかしたら別の川を想定して描いていた可能性もありそうです)。また「再篙石狩日誌」には次のように記されていました。

過て
     ルベシベ
右の方小川。川巾五六間、遅流にして流れ木にて目閉りたり。
扨、此川すじの事をシリアイノに問ふに、此ルベシベは本川(石狩川)え越るにはあらず。此シュホロより上にカニシランケと云ウリウの土人住せし頃、其シユホロの上下の処、如何にも難渋なるが故に、此処え舟を備え置、シユマサンナイより川筋を下りて、シユホロの上より此処へ山越致し、此処より舟にて本川え下りし由也。よって此ルベシベの名今に有るよし。
松浦武四郎・著 秋葉実・解読「丁巳東西蝦夷山川地理取調日誌 上」北海道出版企画センター p.346 より引用)

概ね正確な地理認識であるように思えます。幌加内峠は幌加内に抜けられるだけで、石狩川筋に出るものではありません(厳密には、現在の「カモイルベシュベ川」を遡って鞍部を越えると江丹別に出ることができますが)。

「シュホロ」は sup-oro で「激湍」を意味し、雨竜川の「ホンカモイコタン」「ホロカムイコタン」(いずれも深川市域)のことを指したと考えられます。松浦武四郎一行が遡上を諦めた激湍を回避して川上に向かうには、舟ではなく陸路でバイパスするのが正解だとアイヌも認識していた、ということになりますね。

「カモイルベシュベ」は kamuy-ru-pes-pe で「神様・道・それに沿って下る・もの」と考えられそうです。問題はいつ「カモイ」を冠するようになったかで、またその意図するところをどう解釈するかという問題もあります。

「カモイ」の謎

個人的には二通りの解釈ができると思っていて、「カモイコタン」をバイパスするための峠道だったから「カモイ──」なのか、もしくは kamuy 即ち「熊」の生息する峠道だったから「カモイ──」なのか、どっちなんだろう……と。

あ、もしかしたら「神居古潭」などと同様に「人が通れたものではない道」だから「カモイ──」なのか、という解釈も成り立つのですが、そこまで危険な道には見えないんですよね。

永田地名解には「神路 熊ノ通路」との記載がありました。「カムイ」は「熊」だと考えられていたことになりますが、これがインフォーマントからの情報なのか、それとも永田氏の考えによるものなのか、どちらなんでしょう……。

ヌップ

nup-oro-oma-p
野原・のところ・そこに入る・もの(川)

(典拠あり、類型あり)

かつて JR 深名線の「鷹泊駅」があったあたりから、「鷹泊橋」で雨竜川の対岸(西側)に出て、少し北に向かったあたりの一帯の地名です。「大ヌップ川」「小ヌップ川」という名前の川(いずれの雨竜川西支流)も流れています。

戦前の「陸軍図」を見ると、「ヌップホロマップ」という地名の存在を確認できます。また古い地形図には「ヌプポロマプ」という名前の川が描かれています(現在の「大ヌップ川」に相当)。

永田地名解には次のように記されていました。

Panke nup poro omap  パンケ ヌポロマㇷ゚  下ノ大野川
Pon nup poro omap   ポン ヌポロマㇷ゚   大野ノ小川
永田方正北海道蝦夷語地名解」国書刊行会 p.59 より引用)

なんだか分かったような、それでいて良く分からないようなことが記されていますが、とりあえず「ヌップ」の元は「ヌポロマㇷ゚」だったっぽいことが確認できました。nup-oro-oma-p で「野原・のところ・そこに入る・もの(川)」と考えて良さそうでしょうか。

「ヌポロマㇷ゚」あるいは「ヌップオロマップ」が略されて「ヌップ」になったようにも思えますが、そもそも nup 自体が「野原」という意味なので、実は地名としては適切だったりするような気もします。いい略し方をしてくれた、ということになりますね。

鷹泊(たかどまり)

chikap-ot(-nay)
鳥・多くいる(・川)

(典拠あり、類型あり)

深川と名寄の間を幌加内経由で結んだ JR 深名線は路線延長 121.8 km もの路線でしたが、良く考えてみると途中で経由する市町村は「幌加内町」だけでした。これは幌加内町が南北に長いことによるものですが、深川市も旧・多度志町を合併した結果、市域が南北に長くなっています。JR 深名線の「鷹泊駅」は深川市内で最も北に位置していた駅です。

鷹泊駅から「鷹泊橋」で雨竜川の対岸(西側)に渡って、北に向かうと(ヌップを経由して)鷹泊ダムがあります。ダムに隣接して水力発電所もあるようです。

では、「鷹泊」の由来について、「北海道駅名の起源」で確かめておきましょう。

  鷹 泊(たかどまり)
所在地 深川市
開 駅 大正 15 年 11 月 10 日
起 源 アイヌ語の「チカポッナイ」すなわち「チカㇷ゚・オㇷ゚・ナイ」(鳥の群せいする川)の意訳である。
(「北海道駅名の起源(昭和48年版)」日本国有鉄道北海道総局 p.113 より引用)

あー、やはりそうなんですね。鷹泊駅のあったあたりの少し北東に「チカプオツ川」という川があるのですが、この chikap-ot(-nay) を「意訳」して「鷹泊」にしたとのこと。chikap-ot(-nay) は「鳥・多くいる(・川)」ということになります。

ちなみに、「アイヌ語地名資料集成」に採録されている「北海道駅名の起源(昭和 29 年版)」には「チカㇷ゚・オッ・ナイ」とあります。アイヌ語地名資料集成の凡例によると「明らかな誤字を正したほかはすべて底本のままとした」とありますが、「オㇷ゚」は「オッ」の誤字であると判断したのか、それとも単に昭和 48 年版で誤植が紛れ込んだのかは不明です。

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