2020年2月15日土曜日

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アイヌ語地名の傾向と対策 (703) 「エイチャン川・幌成」

 

やあ皆さん、アイヌ語の森へ、ようこそ。

(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)

地図をクリックしたら地理院地図に飛べたりします。

エイチャン川

o-iwa-chimi-p
そこで・山・左右にかき分ける・もの(川)


(典拠あり、類型あり)

深川市北部、雨竜川沿いに JR 深名線の「下幌成」という駅がありました。ただ、元は仮乗降場だったため、残念ながら「北海道駅名の起源」には記載がありません。エイチャン川は雨竜川の東支流で、下幌成駅があったあたりの北側を流れています。

「エイチャン」を素直に解釈すると e-ichan で「そこ(に)・サケマスの産卵場」となるでしょうか。深川には「北一已」という有名な難読駅もあるくらいですから、ありそうな解です。

ただ、この川名は「東西蝦夷山川地理取調図」や「再篙石狩日誌」に見当たらないほか、永田地名解にも記載が見当たりません。唯一、昔の五万分一地形図に川名が記されていたのですが、「オイワチミ」と書いてあるように見えます。

オイワチミ?

山田秀三さんの「深川のアイヌ語地名を尋ねて」には、次のように記されていました。

明治図にはオイワチミと書いてある。オ・イワ・チミ・ㇷ゚ O-iwa-chimi-p「そこで・山を・左右に分けている・もの(川)」と聞える。
(山田秀三「アイヌ語地名の研究 4」草風館 p.245 より引用)

o-iwa-chimi-p で「そこで・山・左右にかき分ける・もの(川)」ではないか、との説ですね。chimi という語彙は時折地名に出てくる、比較的レアな印象のあるものですが、ささっと確認した限りでは黒松内町白炭(しろずみ)sir-o-chimi じゃないか、という説があるようです。

自分の記事を引用しますが、

この川の面白いところは、まるでフォークのような形で枝分かれしているんですよね。川は「木」の字のような形で四方八方に枝分かれすることが多いのですが、白炭川の場合は「巾」の字のような形をしている、と言えば当たらずといえども遠からずでしょうか。
https://www.bojan.net/2017/03/11.html より引用)

うわわわっ、これは「エイチャン川」も全く同じでした。これはもう o-iwa-chimi-p で「そこで・山・左右にかき分ける・もの(川)」と考えるしか無さそうな感じです。

iwa についての補足

なお、iwa については「山」としましたが、厳密には「霊山」あたりの解釈が適切に思われます(単なる「山」ではなくて、「神聖な山」と考えるべき)。
山田さんも次のように続けていました。

 イワは従来「山」と訳されて来たが、諸方のイワを見て来た経験からすると、ただのヌプリ(山)とはどうも違う。知里さんが「この語はただ山の意に用いるが、もとは祖先の祭場のある神聖な山をさしたらしい。語源は Kamuy-iwak-i( 神・住む・処)の省略形か」と書かれた(知里『小辞典』)。
(山田秀三「アイヌ語地名の研究 4」草風館 p.245 より引用)

「エイチャン川」こと「オイワチミ」の場合はどうだったか、については……

街道がこのオイワチミを北に横切った辺からその上流を眺めたら、正に考えていたような、椀を伏せたような山が正面にあった。今幌内山と呼ばれている山で、その山の中央に入り込んだ沢がこの川の水源である。この目立つ美しい幌内山が、古くはこの辺のイワ(霊山)だったのではなかろうか。
(山田秀三「アイヌ語地名の研究 4」草風館 p.245-246 より引用)

このあたりの国道 275 号は南下した記憶しか無いので、今度北上することがあればチェックしておきたいです。

幌成(ほろなり)

poro-nay
大きな・川

(典拠あり、類型多数)

エイチャン川の近くには「下幌成」という仮乗降場(後に駅)がありましたが、その僅か 1.8 km 手前(南西側)に「幌成駅」がありました。ということで、毎度おなじみ「北海道駅名の起源」を見ておきましょう。

  幌 成(ほろなり)
所在地 深川市
開 駅 大正 15 年 11 月 10 日
起 源 アイヌ語の「ポロ・ナイ」(親である川)からとったもので、幌内線にも同音の駅名があるため「幌成」としたものである。
(「北海道駅名の起源(昭和48年版)」日本国有鉄道北海道総局 p.112-113 より引用)

なんと、まさかの「幌内」インスパイア系駅名でした(poro-nay は「大きな・川」と考えられます)。元々、幌成駅の北東(幌成駅と下幌成仮乗降場の間)に「幌内川」が流れていて、一帯は「幌内」という地名でした。ところが川の南西側に駅を設けることになり、「幌内駅」はすでに三笠市に存在していたため、重複の無いように駅名を「幌成」としたとのこと。

その後、駅のあった一帯の地名も駅名に合わせて「幌成」になってしまった……ということのようです。

深名線名物・カスタマイズ地名

山田秀三さんの「北海道の地名」には、次のように記されていました。

処がその川口のそばの市街地は幌成で呼ばれていて何だか変である。北海道駅名の起源を見ると「幌内線にも同音の駅名があるため幌成としたのである」と書かれていた。ふつうはこんな場合は雨竜幌内のようにされて来たのであるが,ここでは内を成に変えたのだった。
(山田秀三「北海道の地名」草風館 p.82 より引用)

深名線沿線には何故か似たような話が多く、昭和 6 年に開業した「政和駅」も、地名は「正和(しょうわ)」だったのを「昭和駅」(留萠鉄道線)と同音で紛らわしいという理由から「政和」に改めています。

またお隣の「新富駅」も、地名の「豊富」は宗谷本線の「豊富駅」とかぶるから、という理由で「新富」と命名されています。地名が駅名に合わせて「政和」「新富」に改められているのも「幌成」と同様ですね。

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