2009年5月22日金曜日

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豪放磊落にして天真爛漫なネルソン・ピケさんの話

 

フジテレビなんとかにて絶賛放送予定

冬の間、CS のフジテレビなんとか(最近名前変わったので)でやってる "F1 LEGENDS" を毎年録画してます。録画だけして、殆ど見てな(ry

いや、これではさすがに宝の持ち腐れなので、Sony の NW-A919 にコピって、電車の中でちまちま見ています。基本は WRC を見てから、なんですけどね。

おかげで、今季は第 4 戦のポルトガルまでは、ちゃんと見ることができました。第 5 戦のアルゼンチンは、これから NW-A919 に移すところです。

んでと。WRC を見る合間に F1 LEGENDS を見始めました。とりあえず、1981 年の 第 2 戦・ブラジル GP と、第 6 戦・モナコ GP を見終えたところです。おお、アラン・ジョーンズが、カルロス・ロイテマンが、マリオ・アンドレッティが走ってる……! エリオもいる、ジル・ヴィルヌーヴもケケ・ロズベルグもディディエ・ピローニもいる……!

あ、「エリオ」はカストロネベスさんではなくて、デ・アンジェリスさんですので。デ・チェザリスさんでもありませんから。

ドゥカさんとタルボ・リジェとか

ロイテマン・ジョーンズの逆 1-2 で終わったブラジル GP も、それはそれなりに楽しめましたが、ジル・ヴィルヌーヴがまさかの優勝を飾ったモナコ GP のほうが、やっぱ数倍楽しめましたね……。3 位に入ったのにファイナルラップまで全く映らなかった(たぶん)タルボ・リジェのジャック・ラフィットはホントにお気の毒でした。

当時のリジェが搭載していたマトラ V12 はそのエンジンサウンドが美しいと評されたようですが、後に中嶋悟氏が「デュカさん」と称したジェラール・ドゥカルージュの手によるシャーシもまた、とても美しいものでした。造形も、GITANES のカラーリングも。1980 年代後半の、より深みがかった「青」ではなくて、ちょっと白みがかった「薄い青」の色合いが、これまたおしゃれで……。

豪放磊落にして天真爛漫なピケさんの話

さて。その 1981 年シーズンは、結局ブラバム・フォードのネルソン・ピケが制することになるわけですが、ピケは昔から贔屓にしていたドライバーの一人でして……。ピケと言えば、やはり 1982 年のホッケンハイムでの一件を抜きには語れないですが(確か前にも書いたかと)、その豪放磊落……というよりは天衣無縫……あれ?

てんい むほう【天衣無縫】〔天人の衣服には縫い目が無いように〕詩歌などが、技巧のあとが無く、完全である様子だ。〔俗に天真爛漫の意にも用いられる〕
(新明解国語辞典 第六版「てんい むほう」より引用)
うわ、全然意味が違うぢゃん。そう、むしろ「天真爛漫」が近いですね。確かにピケのドライブは天衣無縫な時もありました。「神がかっている」というのではなくて、そつのないという意味で。「時もありました」というのは、ご存じの通り、ピケさんは浮き沈みの激しい人だったからで……。

イケてる時はとことん凄くて、逆もまた然り

忘れもしない 1989 年のベルギー GP、ピケが予選 27 位、そして中嶋が予選 28 位という、チーム・ロータス創設以来と言われた「2 台とも予選落ち」という憂き目にあったわけですが、なんと過去 3 回のワールドチャンピオンに輝くネルソン・ピケにとって、これが初めての予選落ちでは無かったのだそうで……。気分が乗らない時は車も走らないというところに、何とも人間味を感じてしまいます。

ま、ピケ以後のドライバーが軒並み「優等生」タイプになってしまった(例えばプレス対応とか)のも、ピケのようなドライバーへのノスタルジーをかきたてるのかも知れません。公衆の面前で他のドライバーに殴りかかる F1 レーサーは、もう出てこないでしょうし(笑)。

他の関係者とは違う切り口でモズレーを批判

最後に、そんなピケのエピソードで、笑えたものをいくつかコピペでご紹介します。

  • 1987 年のオーストリア GP は、スタート直後の多重クラッシュにより 2 回もスタートがやり直しとなった。通常このようにスタートを何度も行わなくてはならない状況は、ほとんどのドライバーは嫌がるものだが、3 回目のスタート前にピリピリした他のドライバーを他所に、「鼻をほじってその指をなめる」というお茶目なピケの姿がテレビに捉えられた。
(Wikipedia 日本語版「ネルソン・ピケ」より引用)
豪放磊落でしょ? 間違っても天衣無縫では無さそうですが(笑)。しかも結局、そのシーズンのワールドチャンピオンに輝いているんですからね……さすがです。

  • ブラバム低迷時にマクラーレンからオファーがあった際、ロン・デニスから好待遇で移籍を打診され、ピケもサイン直前にまで至った。しかし、分厚い契約書を見るなり、「この話はなかったことにしてくれ」と言い、「ブラバムは(契約書が)紙切れ 1 枚なんだ」と言い、契約に縛られることを嫌ったため、実現しなかったという。
(Wikipedia 日本語版「ネルソン・ピケ」より引用)
いかにも「自由人」らしいネルソン・ピケの一面が見て取れます。良く言えば「男気」がある、とも言えますね。

最高傑作がこちら。

  • 2008 年、FIA 会長マックス・モズレーのセックス・スキャンダル(秘密クラブでの乱交パーティー)が明らかになった際、「なぜマックスは俺を誘ってくれなかったんだ」と、他の関係者とは違う切り口でモズレーを批判した
(Wikipedia 日本語版「ネルソン・ピケ」より引用)※ 強調は引用者による

ぎゃはははははははは……!!!

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