2014年2月9日日曜日

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北海道のアイヌ語地名 (175) 「棚瀬山・突哨山・鷹栖」

 

やあ皆さん、アイヌ語の森へ、ようこそ。
(この背景地図等データは、国土地理院の電子国土Webシステムから配信されたものである)

棚瀬山(たなせ──)

tanas-i?
高くなっている・ところ

(? = 典拠あるが疑問点あり、類型あり)
比布町と当麻町の町境は石狩川なのですが、その町境にほど近いところに「棚瀬山」という山があります。高さは 50 m もありませんが……。川沿いの山というのも実におかしなものなのですが、はてさてその由来は……。

さて、ここで驚きの事実があるのですが、実はこの「棚瀬山」、アイヌ語由来の可能性があるようなのです。我らが「角川──」(略──)からどうぞ。

寛政9年(1797)松前藩士高橋壮四郎らが聞書きによってまとめた「松前地並西蝦夷地明細記」に,溯上してきた石狩川より天塩に越える岐点として記されているタナシが当町域石狩川右岸の棚瀬山と推定され,これが地内地名の和人記録における初出である。
(「角川日本地名大辞典」編纂委員会・編「角川日本地名大辞典 1 北海道(下巻)」角川書店 p.772 より引用)
いやー、驚きました(自分で驚いてどうする)。ただ、大変残念なことに、我らが「角川──」には「タナシ」の意味は記されていません。一体どういう意味なんでしょうか。

知里真志保さんの「地名アイヌ語小辞典」には、次のようにあります。

tanas-i タなシ 高山。[高くなっている・もの]
(知里真志保「地名アイヌ語小辞典」北海道出版企画センター p.128 より引用)
へぇぇぇ。この「棚瀬山」、高さは 50 m も無いのですが、周りは一面の平野(盆地)なので、ランドマークとしては結構目立つものだったのかも知れません。意味はそのまんま tanas-i で「高くなっている・ところ」と考えて良いかと思います。

ただ、ちょっと気になるのがこんな記述を見かけたことでして……。

地内のアイヌコタンについては,「天保郷帳」にイシカリ持場のうちヒフ・タナシ・ウツペツ・チラヱペツ・ヌツプコマナイがアイヌ居住地としてあげられている。ヒヒは上川アイヌの最奥の集落で,往時にはヒヒに17~18戸,タナウシ(棚瀬) 山麓にも人家があったという。
(「角川日本地名大辞典」編纂委員会・編「角川日本地名大辞典 1 北海道(下巻)」角川書店 p.772 より引用)
エロスとタナトス……じゃなくて、「タナシ」と「タナウシ」の表記の揺れ。これはどう捉えたらいいのでしょうか。「タナシ」であれば何の問題も無いのですが、「タナウシ」であれば、tanastanat では意味が通じなくなってしまいます。単なる誤記か、あるいは -i の代わりに -usi を使うという誤用があったのか……。さてさて、どうなのでしょうね。

突哨山(とっしょうざん)

tuk-so??
突き出た・壁
tusso??
絶壁にある洞窟

(?? = 典拠あるが疑問点あり、類型未確認)
稚内と旭川を結ぶ国道40号は、塩狩峠を越えてからは平野部を走るのですが、比布町から旭川市に抜けるところで突然目の前に山が迫ってきて、比布トンネルで山を抜けることになります。その比布トンネルは突哨山の尾根をくぐるために作られたものです。

この突哨山、煙突の「突」に哨戒の「哨」ということで、いかにも平野部に突出した見張り台の山として相応しい名前だと思うのですが、実はこの「突哨山」、アイヌ語由来の可能性g(ry

知里真志保さんの「上川郡アイヌ語地名解」には、次のようにあります。

 トゥッソ(Tusso)比布川の左方にある山。突哨山(とっしょうざん)。
(知里真志保「上川郡アイヌ語地名解」平凡社『知里真志保著作集 3』に所収)
なーんかイタリア語のようですが、いえいえこれはアイヌ語らしいと言うのです。

昔,洪水があった時, この山の頂きに綱を張つたぐらい乾いた所があつて,そこに逃げた人々だけが助かつたという伝説があり,アイヌは tusso を tus-so(綱・床)の意に解している。樺太では,この語は海岸の絶壁にある洞窟を意味しているが,本来は絶壁そのものをさす語 tus-so は tuk-so(突出た・壁)の転訛とも考えられる。
(知里真志保「上川郡アイヌ語地名解」平凡社『知里真志保著作集 3』に所収)
ふーむ。斯界の第一人者だった知里さんの解ですので注目に値しますが、かなり謎めいた解でもあります。セカンドオピニオン行ってみましょうか。

 突哨山(とっそやま)
おっと! いきなり読み方から違ってきました。さすがです。

 比布川にそって石狩川につきあたるように、南の方にのびてきている山というよりも、長い丘のようなこの山は伝説の豊かな山で、地名はト゚ㇰセイで突起しているものの意と思われる。
(更科源蔵「更科源蔵アイヌ関係著作集〈6〉アイヌ語地名解」みやま書房 p.159 より引用)
相変わらず一文が長いですが、あれ、解釈が分かれましたね。

ツッショというので昔洪水のあったとき、あたりが水底に沈んだが、この丘の上だけ繩を張ったほど出ていたので、そう名付けたのだともいわれている。
(更科源蔵「更科源蔵アイヌ関係著作集〈6〉アイヌ語地名解」みやま書房 p.159 より引用)
うーん……。突哨山は比布町と旭川市の間の山なのですが、「あたりが水底に沈んだ」というと、上川盆地が水没したってことになるんですよね。これはさすがにあり得ないかなぁ、と(数千年、数万年スパンでは十分あり得る話ですけどね)。あくまで「お話」として考えるべきかなぁ、と思ったりもします。

本題に戻りますが、突哨山の洪水伝説は知里さんも更科さんも伝えているところですよね。ただ、それはあくまで地名伝承であるとして、知里さんは「絶壁」、更科さんは「突起しているもの」としました。ところで、更科さんの「──地名解」にはまだ続きがあってですね……。

この山の突端に鐘乳洞があって、昔から地獄に通じている穴としておそれられ、ウエン・ル・パロ(悪い道の入口) とかアフン・ル・パロ(入る道の口)と呼んでいた。入ったものは帰ってこないとか、早死するとかいわれていた。
(更科源蔵「更科源蔵アイヌ関係著作集〈6〉アイヌ語地名解」みやま書房 p.159 より引用)
おっと。道内各所にある「アフンルパㇽ」(あの世の入口)がここにもあったのですね。鍾乳洞ということは「洞穴」になるわけですが……あれ? 知里さんはこう書いていましたよね。

樺太では,この語は海岸の絶壁にある洞窟を意味しているが
(知里真志保「上川郡アイヌ語地名解」平凡社『知里真志保著作集 3』に所収)
案外、ここもそのまま、tusso(「絶壁にある洞窟」)でいいのかも知れません。

鷹栖(たかす)

chikap-un-i
鳥・そこにいる・場所

(典拠あり、類型多数)
……いやー、「棚瀬山」と「突哨山」で相当パワーを使ってしまったので、最後はサクっと行きますよ。多分行けると思う。行けるんじゃないかな。ま、ちょと覚悟はしt(ry

では、山田秀三さんの「北海道の地名」から。

旭川市街の西隣。オサラッペ川筋一帯の土地で,近文山はその町内である。チカプニ(鳥居る処)を意訳して町名とした。
(山田秀三「北海道の地名」草風館 p.98 より引用)
ふむふむ。chikap-un-i で「鳥・そこにいる・場所」ですね。それを和訳した……と。おお、サクっと行きました!

ちなみに、このあたりに土地勘のある方は「あれ?」と思われるかもしれません。そう、旭川市の西の方に「近文」(ちかぶみ)という地名があるのですが、実は近文も chikap-un-i なのですね。「アイヌ語意訳地名」と「アイヌ語音訳地名」が並んでいると言えば「砂川」と「歌志内」が有名ですが、「鷹栖」と「近文」もそうだった、ということなんですね。

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