2019年12月29日日曜日

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アイヌ語地名の傾向と対策 (690) 「ペペケナイ川・クトンベツ沢川」

 

やあ皆さん、アイヌ語の森へ、ようこそ。

(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)

地図をクリックしたら地理院地図に飛べたりします。

ペペケナイ川

pe-peken-nay
水・清冽な・川

(典拠あり、類型あり)

JR 宗谷線・豊清水駅の北側(西側)を流れる川の名前です。川の大半が美深町側を流れていますが、河口のあたりは一部音威子府村に入っています。

「東西蝦夷山川地理取調図」には「テヘケナイ」という名前の川が描かれています。また「天之穂日誌」にも次のように記されていました。

此腰を十丁計も廻りて行候や、遅流の処しばし過て
     テイベケナイウツカ
大磐岩両岸峨々、浅瀬急流、七丁計縄にて引上る。
     テーヘケナイ
左り小川。此処川中岩尖りて七ツ(八)ツ出る也。飛石のごとし。土人等の云に、大古神が此処に岩僑を架渡りしと云伝ふ。
松浦武四郎・著 秋葉実・解読「丁巳東西蝦夷山川地理取調日誌 下」北海道出版企画センター p.64 より引用)

「浅瀬急流、七丁計縄にて引上る」という文を見て、つい脳内で「ファイトぉぉ! イッパァーツ!」というイメージが再生されてしまってアレですが……(書かなくてもいいのに)。

「テヘケナイ」あるいは「テーヘケナイ」と言われると「???」ですが、明治時代の「北海道地形図」には「ペペケナイ」と描かれていました。不思議なことに「ペペケナイ」であれば意味するところは明瞭で、pe-peken-nay で「水・清冽な・川」と解釈できます。

peken の本来の形は peker ですが、n の前の rn に変化するという、お約束の音韻変化の結果です。

ちなみに、JR 宗谷線・豊清水駅の由来について、「北海道駅名の起源」には次のように記されていました。

  豊清水(とよしみず)
所在地 (天塩国) 中川郡美深町
開 駅 昭和 25 年 1 月 15 日
起 源 付近にある小川をはさんで、一方に「常盤村清水」、片方に「美深清水」という二つの部落があったが、この両部落を合わせて将来豊かな所となるようにという意味をこめて、「豊清水」と名づけたものである。
(「北海道駅名の起源(昭和48年版)」日本国有鉄道北海道総局 p.178 より引用)

「常盤村」は現在の「音威子府村」ですが、音威子府側にも「清水」という地名があったのですね。地形図では美深町側に「清水」が存在することが確認できますが、それよりも古い地図ではそのまま「ペペケナイ」と記されていました。この「清水」は pe-peker の意訳地名なのだろうなぁ……と想像しています。

もはや時期を逸した感がしますが、山田秀三さんの「北海道の地名」から引用しておきます。

ぺペケナイ川
豊清水 とよしみず
 ペペケナイ(またベベケナイとも)は音威子府村と美深町の境の川。たぶんぺ・ペケン・ナイ(pe-peken-nai 水が・清澄な・川)であったろう。ペケレ(peker 清い)は後の語の n に引きつけられて peken と変わる。
(山田秀三「北海道の地名」草風館 p.144 より引用)

はい。やはりそう考えるのが自然なんでしょうね。

クトンベツ沢川

kut-un-pet
岩層のあらわれている崖・ある・川

(典拠あり、類型あり)

ペペケナイ川の北支流の名前で、美深町と音威子府村の境界となっています。ややこしいことに美深町内には全く別の場所にも「クトンベツ沢川」が存在します。美深町には「美深峠」も複数存在するみたいですし、役場の人はややこしくないのでしょうか……?(汗)

戦前の地形図(陸軍図)を見ると、ペペケナイ川とクトンベツ沢川の間に「クトンベツ」という地名があったように描かれています。その後「美深町清水」に改称されて現在に至る、と言った感じでしょうか。

「東西蝦夷山川地理取調図」や「天之穂日誌」には記載が見当たりませんでしたが、更科源蔵さんの「アイヌ語地名解」に記載がありました。

 クトンベツ川
 音威子府村との境にあるペペケナイの右支流。意味はクッ・ウン・ぺッで帯状の岩崖ある川ということ。
(更科源蔵「更科源蔵アイヌ関係著作集〈6〉アイヌ語地名解」みやま書房 p.171 より引用)

川の名前がびみょうに違うのでどうしたものか……とも思ったのですが、逆に最近「沢川」が増えたような印象もあります。kut-un-pet で「岩層のあらわれている崖・ある・川」と解釈して良いかなぁと思います。

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