2019年12月24日火曜日

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夏の焼尻・天売・道北の旅 2015 (163)「探訪・北海道博物館(懐かしの「たくぎん」編)」

 

「北海道博物館」の総合展示室(2F)の話題を続けます。「高度経済成長の時代」の 2 つ目のトピックが「くらしの大変化」です。
よく見ると、「北海道開拓記念館(現在の北海道博物館)が誕生した 1971(昭和46)年は」とあります。そして文末には「北海道の歴史を伝える博物館の出番がやってきたのです」とも。自己言及型の説明文というのも面白いですね。
「くらしの大変化」の隣には「北海道の住まい」というパネルが並んでいました。
更にその横には「あたらしい住まいの試み」と題されたパネルが。戦後「三角屋根住宅」という寒地住宅が開発されたのですね。本州の在来工法の家はとにかく断熱がショボいので、少しは寒地住宅を見習ってほしいものです……。

クローズアップ展示「たくぎん」

続いては、忘れた頃にやってくる「クローズアップ展示」です。これが 6 番目ですが、なんか今までいろいろとスルーしていたような記憶が。
それはそうと、「懐かしいもの、忘れられてしまったもの、現役でがんばっているもの」という前フリで紹介される内容が「たくぎん」というのは……かなりシュールな感じが(汗)。
こちらが、1979 年の「たくぎん」のカレンダーです。どことなく北欧のフィヨルドを思い起こさせる風景ですが、これ、どこだかおわかりでしょうか……?
「よくある景色だよなぁ」と思っていたのですが、これ、実は羅臼なのだそうです。そう言われてみると「あああっ」と納得せざるを得ないですよね。道の駅は(当時はもちろんありませんが)左側で見切れているくらいのところにあって、マッカウスの「ひかりごけ洞窟」はもっとずっと右にある筈です。

アヌタリアイヌ(われら人間)

「石炭から石油へ」「くらしの大変化」の次は「さまざまな発言」です。なんか急に抽象的な題名になったのですが、これはどうしたことでしょう。手形の後ろには「北海道百年記念塔」が見えていますが、こんなところがあったんですね……(知らなかった)。
「アイヌの若者が刊行した新聞『アヌタリアイヌ』(われら人間)」が展示されています。
ワープロソフトが高機能化して DTP が容易になった現代では「とりあえず薄い本から」と言った感じですが、当時は、まず新聞からだったんですね。
あれっ、釧路はハルトリの山本多助さんじゃありませんか。

くらしの絶滅危惧種

「くらしの絶滅危惧種」と題して、「高度成長時代」の日本の一般家庭を彩った物品が展示されていました。
丸型の郵便ポストも懐かしいですね。あれは鋳物なんでしたっけ。畳の上にはミシンが置いてあるのと、右側には電話機と電話台が見えます。電話台の下には椅子も見えますね。楽に長電話できるように……でしょうか。
右側は「もちつき機」とのこと。もちを捏ねるのを機械が代行してくれるというものでしょうか。左の機械が謎ですが、これ、……洗濯機、ですか? 右にはテレビと冷蔵庫も見えます。
逆のアングルから畳の上を見てみます。ちょっと近代的な形になった電話機がありますね。後ろの卓袱台の上にあるのは「美顔器」でしょうか?
左のアクリルケースの中には、レコード プレーヤーや 8 ミリ映写機、カメラやラジカセ……あたりでしょうか。今ではスマホひとつでできるものばかり……などと言うとバチが当たりそうですね。

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