2019年12月12日木曜日

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夏の焼尻・天売・道北の旅 2015 (155)「探訪・北海道博物館(歩けない編)」

 

「北海道博物館」の総合展示室の話題を続けます。第 2 テーマ「アイヌ文化の世界」の一角に「アイヌ文化 Q&A」というコーナーがありました。


その中には「東北地方にもアイヌ語に由来する地名がある、というのは本当ですか?」という質問も。その答はご覧の通り、肯定的なものでした。


「東北のアイヌ語地名」ですが、金田一京助さんの「北奥地名考」に始まり、その説に基づいて山田秀三さんが調べ上げたことで、現在では肯定的に見る向きが多いかと思われます。

歩みをたどる

「1. 現在を知る」の次は「4. 歩みをたどる」です。なんでやねん……という話ですが、第 2 テーマ「アイヌ文化の世界」は何故か順路が反時計回り(これまでと逆)になっていて、ここまでの癖で時計回りに歩くと「1.」の次が「4.」になるというトラップが仕込まれていたりします。当時はそれに気づかず、見事に「???」となったのでした。



時代にいどむ

まずは最初のトピックである「時代にいどむ」です。「異民族」であるアイヌに対する偏見と差別は根深いものがありましたが、そういった差別や偏見に立ち向かおうとする動きも長い時間をかけて少しずつ醸成されてきました。また、高度成長が終わりを告げた頃からは、アイヌ自身による伝統文化の保存・記録や継承の動きも見られるようになります。


道内各地のアイヌ語の方言を体系的に記録した「アイヌ語方言辞典」(服部四郎編)という著作があります。見るからに恐ろしく手間暇のかかったものですが、この辞書が編纂されるにあたって、当時の名だたる企業から多くの寄付金があったことが「序説」の中に記されています。

当時の日本には公害をはじめとして様々な問題もありましたが、一方で「アイヌ語方言辞典の調査費」に寄付金が集まる時代でもあったのですね。当時の人は「生きたお金の使い方」をちゃんと弁えていたのかもしれません。

北方少数民族資料館「ジャッカ・ドフニ」!

北方少数民族資料館「ジャッカ・ドフニ」の紹介がありました。樺太にはアイヌ以外にもウィルタやニヴフなどの少数民族が暮らしていて、中には日本の敗戦とともに北海道に渡ってきた人たちもいました。


「ジャッカ・ドフニ」は、「北川源太郎」ことウィルタのダーヒンニェニ・ゲンダーヌさんが館長を務めた資料館です。惜しまれつつ 2010 年に閉館したとのことで、残念ながら訪問はかないませんでした……。


サハの口琴「ホムス」が展示されていました。「口琴」と言えば、あの独特な音色を発する「ムックリ」が有名ですが(竹製だったでしょうか)、金属製の口琴もあったのですね。展示は左側がサハの「ホムス」で、中央が樺太アイヌの金属製口琴、右がお馴染みの「ムックリ」ですね。

ことばを聴く

「1. 現在を知る」「4. 歩みをたどる」に続いては「3. ことばを聴く」です。


あっ、この写真は有名なものですね。山田秀三さんが、鶴居村の八重九郎さんのもとを訪れたときの写真だったと思います。「八重さん、塘路の阿歴内(あれきない)ってどういう意味なんですかね?」「あそこはヤチだったので『歩けない』だって言ってましたよ」「マジすか」と言った会話が交わされていたのでしょうね(若干脚色あり)。


そんなお二方の貴重な写真ですが、キャプションをよく見ると……。


これは……うっかりミスをやらかしてしまったのでしょうか。

アイヌ語の記録と調査の歩み

「アイヌ語の記録と調査の歩み」と題された展示がありました。左から「金田一京助」「久保寺逸彦」「知里真志保」「知里幸恵」そして「萱野茂」の各氏の名前が並びます。


久保寺逸彦さんの調査ノートと著作が展示されていました。久保寺さんのインフォーマントだった二谷国松さんが記したノートも見えます。「二谷」という名字は「二風谷」から来たもので、実際に二風谷にお住まいだったと記憶しています。


左側には、知里真志保さんが樺太で調査を行った際の調査ノートと、金田一京助さんが「アイヌの口承文芸」を記録して道庁に提出した報告書が並んで展示されています。



アイヌ語の文をつくってみよう

渋めの展示が並ぶ中で、「アイヌ語の文をつくってみよう」というコーナーもありました。こうやって見てみると日本語とも英語とも語順が違うということが良くわかりますね。


万人向けの展示か……と思ったところ、よく見るとマニア向け(?)の説明もしれっと用意されていました。


確か「平賀さだも」さんだったと思うのですが、アイヌ語をアルファベットで記録するのを見ると「あ、専門家だな」と思った、という話を聞いたことがあります。実際、カタカナよりもアルファベットのほうがわかりやすいケースが多いんですよね。

あと「チ」に対応する表記が、ヘボン式だと chi なのに対して、アイヌ語のアルファベット表記の場合は ci を使うことが多いのが特徴的でしょうか。

私は ci にちょっと抵抗があったので、日和って chi にしてしまうことが多いのですが……(知里さんの「地名アイヌ語小辞典」が chi 表記なので、それに合わせることが多いです)。

アイヌ文化の多様性

「アイヌ語方言辞典」が編纂されたことからもわかるように、アイヌ語の語彙の中には地域差が大きいものもありました。


「アイヌ文化の多様性」と題されたこの展示では、単語レベルでの地域差と、着物の地域差について紹介されています。アイヌの着物にも地域差があるという話ですが、二風谷の萱野さんの博物館で実物を見ることもできるので、気になった方は是非とも二風谷(平取町)へ!(ステマ)


ちなみにこちらの地図ですが、貫気別(平取町)の集落はここまで東側ではないのでご注意ください(この場所だと「貫気別山」か「イドンナップ岳」ですよね)。

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