2016年10月15日土曜日

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北海道のアイヌ語地名 (382) 「オサツ川・シケレベ川・パンケオユンベ川」

 

やあ皆さん、アイヌ語の森へ、ようこそ。
(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)

オサツ川

o-sat(-nay)
川尻・乾いた(・沢)
(典拠あり、類型あり)
平取町二風谷の南側を流れる沙流川の支流の名前です。ふつーに考えると o-sat(-nay) で「川尻・乾いた(・沢)」あたりなのですが、果たしてどうでしょうか。この謎を解き明かすために、我々取材班はアマゾンの奥地へ向かった(違う)。

我々取材班が戊午日誌「東部沙留志」で見つけたものは……(もういい

またしばし過て
     ヲサツ
東岸なり。小川。其名義は川口が干上たと云儀のよし也。
松浦武四郎・著 秋葉実・解読「戊午東西蝦夷山川地理取調日誌 中」北海道出版企画センター p.686 より引用)
あー……。やっぱそうですよねぇ……。しかし、ここで事態は意外な方向に!

永田地名解には次のように記されていました。

Osachi  オサチ  乾燥ノ川尻
永田方正北海道蝦夷語地名解」国書刊行会 p.230 より引用)
事態は意外な方向に……向かうことはありませんでした(汗)。やはり o-sat(-nay) で「川尻・乾いた(・沢)」と考えるしかなさそうです。

なお、「オサツ川」の河口は二風谷ダムのダム湖の底に沈んでしまいましたので、果たして「川尻が乾いた川」だったのかはもう知るよしもありません。確か近くに「マンロー邸」があったような記憶があるのですが……。

シケレベ川

sikerpe
キハダの実
(典拠あり、類型あり)
二風谷ダムの南側を流れる沙流川の支流の名前です。ふつーに考えると sikerpe(キハダ)関連の地名だと思われるのですが、果たしてどうでしょうか。我々取材班はシベリアの奥c(ry

戊午日誌「東部沙留志」には次のように記されていました。

またしばし上り行て
     シケレベ
東岸相応の川也。此名義黄蘗木(きはだ)多きよりして号るなり。
(松浦武四郎・著 秋葉実・解読「戊午東西蝦夷山川地理取調日誌 中」北海道出版企画センター p.686 より引用)
あー……(本日二度目)。もはや事態が意外な方向に向かうわけもなく、sikerpe で「キハダの実」と考えるしかなさそうです。キハダは実を香辛料として用いたほか、樹液?を打ち身や捻挫などの患部に塗ることで鎮痛剤として使用したようですね(萱野さんの辞書に記載あり)。

ただ、知里さん(知里真志保)流の「地名の流儀」では、sikerpe(-nay) という形は本来はあり得ず、何らかの動詞または形容詞が略されたものである、と言えそうです。sikerpe であれば sikerpe-kar-us-i で「キハダの実・採る・いつもする・ところ」とか、あるいは {sikerpe-ni}-us-i で「{キハダの木}・多くある・ところ」とか、元々はそんな名前だったのかもしれません。

パンケオユンベ川

panke-o-yu-un-pe
川下の・川尻に・温泉・ある・もの
(典拠あり、類型あり)
二風谷の南、小平の西のあたりを流れる沙流川の西支流の名前です。今回は、取材班の出番も無いままに、戊午日誌「東部沙留志」行ってみましょう。

また少し上りて
     ハンケヲユンペ
西岸相応の川也。其名義不解、其名義不知也。
(松浦武四郎・著 秋葉実・解読「戊午東西蝦夷山川地理取調日誌 中」北海道出版企画センター p.682 より引用)
さすがの武四郎さんも「わからん、知らん!」と半ギレのようですね。一方で、永田地名解には次のように記されていました。

O yu un pe  オ ユ ウン ペ  温泉アル處 熱泉ニアラズ
(永田方正「北海道蝦夷語地名解」国書刊行会 p.229 より引用)
「温泉があるよ!」としながら「でもあんまり熱くないよ」と逃げを打つあたりが素敵ですね(汗)。o-yu-un-pe で「川尻に・温泉・ある・もの」という解釈はそれほど変なものではありませんし、他に可能性がありそうな解も思いつかないので、今日のところはこの辺で……。

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