2018年5月20日日曜日

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アイヌ語地名の傾向と対策 (535) 「瓜幕・サラウンナイ・オソウシュ川・ピシカチナイ沢川」

 

やあ皆さん、アイヌ語の森へ、ようこそ。

(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)

瓜幕(うりまく)

uri-mak
その丘・奥


鹿追町中部の地名で、同名の川もあります。戊午日誌「東部報十勝誌」には「ウリマケ」とあり、また「東西蝦夷山川地理取調図」には「ウリマチ」とあります。

一方で、永田地名解にはほぼ現在の形で記載されていました。

Uri mak  ウリ マㇰ  丘後 ?
永田方正北海道蝦夷語地名解」国書刊行会 p.311 より引用)

伝統と信用の永田地名解も、時には弱気になることがあったようですね。

この解釈について、更科源蔵さんは、「アイヌ語地名解」で次のように疑問を呈していました。

ウルまたはフルは丘であり、マㇰはうしろ、奥、山手などのことであるが、ただ「丘のうしろ」という川の名ではおかしい。
(更科源蔵「更科源蔵アイヌ関係著作集〈6〉アイヌ語地名解」みやま書房 p.221 より引用)

この疑問に対する答として書かれた訳では無いのでしょうが、山田秀三さんの「北海道の地名」には次のような解釈が記されていました。

この川は左右の諸川よりずっと長い川で,北側の台地の奥の方から流れ出ている。それで,ウリ・マㇰ「uri-mak その丘(ur-i)・の後(の方からの川)」と呼ばれたのであろうか。
(山田秀三「北海道の地名」草風館 p.317 より引用)

まぁ、そんなところだったのかも知れませんねぇ……。ur あるいは hur は「丘」という意味で、ur-i だと所属形で「その丘」と言ったところでしょうか。uri-mak だと「その丘・奥」となります。

「苫小牧」は元々 to-mak-oma-nay で「沼・奥・そこに入る・川」だったとされます。もしかしたら「瓜幕」も同じような理屈で uri-mak-oma-nay あたりだったのかもしれませんね。

サラウンナイ

sar-un-nay
葭原・ある・川


道道 1088 号「然別峡線」沿いに「福原山荘」という施設がありますが、そこから 0.5 km ほど南に「サラウンナイ橋」という橋があります。サラウンナイ橋を渡った先には町営牧場があり、その西側を「第五西上幌内川」が流れています。どうやら、この川の旧名が「サラウンナイ」だったようですので、「現存地名」と考えるには少々厳しいのですが、橋の名前として残っているので……まぁいいですよね。

永田地名解には、ちょっと面白い解が記されていました。

Sarun nai  サルン ナイ  沙流土人ノ澤 往時沙流土人ノ來住セシ處故ニ名ク此處山ニシテ茅ナシ
(永田方正「北海道蝦夷語地名解」国書刊行会 p.312 より引用)

曰く「沙流人の沢」なのだとか。「沙流からやってきた人がここに住んだから」で、ご丁寧にも「ここは山だから sar(葭原)は無いよ」というフォローまで。面白い解ですが、現実的にはちょっと微妙な感じもします。

「道東地方のアイヌ語地名」を自費出版された鎌田正信さんは、この「沙流人の沢」という解釈に対して次のように記していました。

地元の古老から聞き書きであろうか、理解しがたい。
(鎌田正信「道東地方のアイヌ語地名【国有林とその周辺】」私家版 p.99 より引用)

そうですよねぇ~。

この川は奥深く、下流は峡谷の所もあるが、中流には広い平坦地の葭原が続いている。サㇽ・ウン・ナイ(sar-un-nay 葭原・ある・川)の意である。
(鎌田正信「道東地方のアイヌ語地名【国有林とその周辺】」私家版 p.99 より引用)

自信満々に断言されていますが、個人的にもおおよそ同感です。sar-un-nay で「葭原・ある・川」と考えるのが自然なんじゃないでしょうか。

オソウシュ川

o-so-us-nay
そこに・滝が・ある・川


「サラウンナイ橋」の 200 m ほど北側でシイシカリベツ川と合流している支流の名前です。「北海道蝦夷語地名解」を著した永田方正氏には、子音の「ㇱ」を「ㇱュ」と綴る謎の癖?(流儀かも)があり、後に知里さんにボロカスに叩かれることになるのですが、この川の名前も永田テイスト全開ですよね……。

鎌田正信さんの「道東地方のアイヌ語地名」には次のように記されていました。

 オ・ソー・ウㇱ・ナイ(o-so-us-nay そこに・滝が・ある・川) の意。
(鎌田正信「道東地方のアイヌ語地名【国有林とその周辺】」私家版 p.99 より引用)

そうでしょうね。o-so-us-nay で「そこに・滝が・ある・川」という解釈ですが、同感です。

この沢は中流で二股なっており、右股の上流には高さ7・8メートルの滝が見られる。
(鎌田正信「道東地方のアイヌ語地名【国有林とその周辺】」私家版 p.99 より引用)※ 原文ママ

あーなるほど。「右股の上流」はピシカチナイ沢川のことでしょうか。

ピシカチナイ沢川

piske-sin-nay??
浜側の・山・沢


ということでシームレスに(どこがだ)「ピシカチナイ沢川」の話題に移りました。オソウシュ川の右支流で、源流まで遡ると「ピシカチナイ山」があります。特筆すべき点としては、ピシカチナイ山の北側の分水嶺を越えた先の川の名前が「ピシカチナイ川」(「沢」がつかない)であるところです。

古い地形図などを見ると「ピシカチナイ」ではなく「ピシカチンナイ」とあることに気づきます。また、鎌田正信さんの「道東地方のアイヌ語地名」でも、(分水嶺の向こう側の)十勝川の支流の名前として「ピシカチンナイ」と記しています。

ピシカチンナイ
ピシカチンナイ川(地理院・営林署図)
 トムラウシ集落の下手 2.5 キロ付近で、東側から流入している。
 ピゥチ・カツチ・ウン・ナィ「piwchi-katshi-un-nay 燧石・発火棒(ハルニレ)・ある・川」の意であろうか。あるいはピ・ウㇱ・カッチ・ウン・ナィ「小石・多い・発火棒(ハルニレ)・ある・川」とも読める。
(鎌田正信「道東地方のアイヌ語地名【国有林とその周辺】」私家版 p.117-118 より引用)※ 原文ママ

ふむふむ。あまり他所では聞いたことの無い解ではありますね。

 本多貢氏は「ピ・ウシ・カッチ・ナイ(石の多い水源川)と記したが、(雑学北海道地名の旅)どうも「カッチ」の意味がわからない。
(鎌田正信「道東地方のアイヌ語地名【国有林とその周辺】」私家版 p.118 より引用)

これはまた謎な解釈が……と思ったのですが、よく見たら手元にこんな本もありました。

 ピシカチナイ川 ピシカチナイ山から流れる十勝川の左小流。「ピ・ウシ・カッチ・ナイ」で石の多い水源川か。
(NHK 北海道本部・編「北海道地名誌」北海教育評論社 p.608 より引用

おやおや、これはこれは……。果たしてオリジナルはどっちなんでしょうね。

「ピ・ウシ・カッチ・ナイ」という解は、確かにありそうな解ではありますが、鎌田さんも指摘した通り「カッチ」をどう解釈すると「水源」になるのかが謎ですね。

試案ですが

自分でも色々と考えてみたのですが、一つ「これはどうかな?」と思わせる解が浮かびました。piske-sin-nay で「浜側の・山・沢」ではないかと考えてみたのですが……。

「こんな山奥に『浜側』は無いだろう」とご指摘する向きもあるかもしれませんが、ピシカチナイ山は十勝川・ニペソツ川と然別川・イシカリベツ川の間に聳える山の中では、(相対的には)海に近いところに位置しています。山の名前には比較的無頓着だったとされるアイヌが「海に近い方の山」と呼んだという可能性もあるんじゃないか、と。

そして、この解釈だと「ピシカチナイ山」の左右に「ピシカチナイ川」と「ピシカチナイ沢川」が並ぶことも説明できる……ような気もしてきました。元々このあたりを piske-sir(浜側の・山)と呼んでいて、piske-sir から流れる川を piske-sin-nay と呼ぶようになり、その川の名前が逆輸入されて「ピシカチナイ山」になった……というシナリオなんですが、いかがでしょう?

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