2019年9月29日日曜日

次の投稿 › ‹  前の投稿

アイヌ語地名の傾向と対策 (665) 「金駒内・オヤルフツナイ川・登駒内川」

 

やあ皆さん、アイヌ語の森へ、ようこそ。

(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)

地図をクリックしたら地理院地図に飛べたりします。

金駒内(きんこまない)

kim-un-oma-nay?
山・に行く・そこに入る・川


初山別村初山別(役場のあるところ)と初山別村豊岬(天文台のあるところ)の間の地名です。同名の川が段丘を割るように流れています。また、金駒内川を渡っていた旧・国鉄羽幌線の鉄橋が今も撤去されずに残されていることでも知られている……かもしれません。

「西蝦夷日誌」に次のような記載がありました。

(十一丁)ケムンヲマナイ(小川)、此處往古大なる鳥の形の岩有しが、其見ゆる邊には魚が寄らざりしと。依て是を飢饉の神と言置しが、何時となく其岩うせ、其後は魚が寄来りしと言傅へぬ。
松浦武四郎・著、吉田常吉・編「新版 蝦夷日誌(下)」時事通信社 p.273 より引用)

「大なる鳥の形の岩」……羽幌のあたりで見かけたような気もしますが(それ岩じゃない)。なお kem で「飢餓」という語彙があり、kem-us で「飢餓になる」という用法もあるようです。us を無理やり un に置き換えると、kem-un-oma-nay で「飢餓に・なる・そこにある・川」と読めたりするのでしょうか。

「再航蝦夷日誌」には「ケムコマナイ」と記されていました。また明治時代の「北海道地形図」には「ケンコマナイ」と描かれています。随分と「金駒内」に近づいてきましたね。

「西蝦夷日誌」に記されている「飢餓」にまつわる伝説は(地名説話としては)面白いですが、やはり「地名説話」に過ぎないのでは……という飢餓して……あ、間違えた。気がしてなりません。

「ケムンヲマナイ」を素直に読み解くと、kim-un-oma-nay で「山・に行く・そこに入る・川」になろうかと思います。このあたりの川にしては珍しく、川を遡るとすぐ山の上に辿り着いてしまうので、「山に行く川」と呼んだのではないか……と思うのですが……。

問題は「コマ」の k なのですが、oma の強勢のためにどこかから出てきた……んじゃないかな、と。

オヤルフツナイ川

o-yar-pe-ot-nay
河口・破れる・水・多くある・川


初山別村豊岬の北に「大沢」という集落があります(かつて国鉄羽幌線の「天塩大沢」という駅のあったところです)。オヤルフツナイ川は大沢のあたりを流れて直接海に注ぐ川の名前です。

「東西蝦夷山川地理取調図」には「チロケヘヲツナイ」という名前の川が描かれています。どうやらこの川が現在の「オヤルフツナイ川」らしいのですが、かなり原型を留めていない感があります。

「竹四郎廻浦日記」には「チヤクヘヲチナイ」と言う名前の「小川」が記されていました。これまた原型を留めていない感が凄いのですが、良く見ると二文字目が「ロ」から「ヤ」に変わっています。現在の「オヤルフツナイ川」に一歩近づいた感がありますね!

明治時代の「北海道地形図」には、「オヤルペオホツナイ」という名前の川が描かれていました。また「西蝦夷日誌」には「ヲヤリヘヲチナイ」という川の存在が記録されていて、「再航蝦夷日誌」には「ヲヤリフツナイ」とありました。

さぁ、そろそろ訳がわからなくなってきたので、情報を整理してみましょう。

チロケヘヲツナイ (東西蝦夷山川地理取調図)
チヤクヘヲチナイ (竹四郎廻浦日記)
ヲヤリヘヲチナイ (西蝦夷日誌)
ヲヤリフツナイ  (再航蝦夷日誌)
オヤルペオホツナイ(北海道地形図)
オヤルフツナイ川

もうお気づきと思いますが、「チ」はどうやら「ヲ」の誤記だったと考えられます。また「ケ」あるいは「ク」は「リ」の誤記だった、と考えられそうです。

ということで、「オヤルフツナイ川」は o-yar-pe-ot-nay で「河口・破れる・水・多くある・川」と考えられそうです。

登駒内川(とこまない──)

tokom-oma-nay
小山・そこに入る・川


オヤルフツナイ川の北側を流れる川の名前です。1980 年代の土地利用図には「登駒内」という地名の存在も確認できますが、現在の地形図には記載が見当たりません(川名としては健在です)。

「西蝦夷日誌」には次のように記されていました。

(十二丁)トコヲマナイ、此邊に來るや、濱廣くして上道なし。名義、昔し大船の船床流れ寄りし故號ると。
(松浦武四郎・著、吉田常吉・編「新版 蝦夷日誌(下)」時事通信社 p.274 より引用)

「トコヲマナイ」は「床ヲマナイ」だ、という驚きの日本語アイヌ語折衷案が出てきたようです。もちろん kompu のように日本語からアイヌ語に移入した語彙もあるので一概に否定するものではありませんが、本当かなぁ、という疑問は残ります。

服部四郎さんの「アイヌ語方言辞典」によると、「場所」を意味する宗谷方言として tóko なる語彙が〔日本語?〕という注釈つきで記録されています。ただ、これは「ところ」の略形(関西弁かも)である「とこ」を指すようにも思えます。

先ほどと同じように各種資料の表記をリストにしてみましょうか。

トマヲマナイ(東西蝦夷山川地理取調図)
トコヲマナイ(竹四郎廻浦日記)
トコヲマナイ(西蝦夷日誌)
トコマナイ (再航蝦夷日誌)
トコオマナイ(北海道地形図)
登駒内川

あっ……。「東西蝦夷山川地理取調図」に「トマヲマナイ」とありますが、これだったら普通に toma-oma-nay で「エゾエンゴサクの根・そこにある・川」と解釈できそうです。

ただ、他の資料が軒並み「トコ」になっているので、同じ間違いをずっと引きずったと考えるのも若干無理があるかもしれません(特にこのあたりの「東西蝦夷山川地理取調図」の信頼性が若干アレなことは「オヤルフツナイ川」の例でも明らかですし)。

「北海道地名誌」には、次のような解が記されていました。

 登駒内川(とこまないがわ) 字豊岬と共成の境をする小川。「トコ」は「トコㇺ」瘤山「オマ」にある「ナイ」沢で,瘤山にある沢の意。
(NHK 北海道本部・編「北海道地名誌」北海教育評論社 p.386 より引用)

あー、これは納得感のある解釈ですね。tokom-oma-nay で「小山・そこに入る・川」と考えて良さそうな感じです。

前の記事続きを読む


www.bojan.net
Copyright © 1995- Bojan International

0 件のコメント:

新着記事