2019年9月21日土曜日

次の投稿 › ‹  前の投稿

アイヌ語地名の傾向と対策 (662) 「マスナイ川・チライベツ川・主馬内沢川」

 

やあ皆さん、アイヌ語の森へ、ようこそ。

(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)

地図をクリックしたら地理院地図に飛べたりします。

マスナイ川

mas-us-nay
カモメ・多くいる・川


国道 232 号と道道 356 号「築別炭砿築別停車場線」の分岐点のすぐ近くを流れる川の名前です。独立河川で、そのまま日本海に注いでいます。

永田地名解には次のように記されていました。

Moto nai, = Mat-o-nai  マト゚ ナイ  婦女多キ澤 松前ノ元名「マトマイ」婦女居ル澤ヲ參看スベシ
永田方正北海道蝦夷語地名解」国書刊行会 p.405 より引用)

「松前」は mat-oma-i で「婦人・そこにいる・ところ」と考えられますが、ここも同様に mat-o-nay で「婦人・いる・川」なのだ、という説のようですね。

ところが、「竹四郎廻浦日記」には「マシユナイ」という川が記録されています。また「西蝦夷日誌」にも次のように記されていました。

(十四丁廿五間)ヲチウシナイ(同)、同崩下(十丁廿八間)マシウシナイ(小澗)、鷗多き義。(十二丁五十五間)過て川端に出る。
松浦武四郎・著、吉田常吉・編「新版 蝦夷日誌(下)」時事通信社 p.271 より引用)

なるほど、mas-us-nay で「カモメ・多くいる・川」ではないかと言うのですね。果たして「婦人」がいたのか、あるいは「カモメ」がいたのか……という話ですが……まぁ、カモメがいたと考えたほうが何かと自然な感じがします。

どうしてこんな妙なことになったのか……と思ったのですが、「東西蝦夷山川地理取調図」を見ると「マチユナイ」という名前の川が描かれています。mas-us-(マシュ)が「マチュ」に訛って、それを永田方正(か氏のインフォーマント)が mat-o- に誤解した、と言ったあたりでは無いでしょうか。

チライベツ川

chiray-ot-nay
イトウ・多くいる・川


築別川の南支流で、河口から築別川を遡った場合、最初の支流ということになります。

「東西蝦夷山川地理取調図」には「チライヲツ」という名前の川が描かれています。また「西蝦夷日誌」にも「チライヲツ(右川)」と記されています。

永田地名解にも次のように記されていました。

Chirai ot nai  チライ オッ ナイ  イト魚川
(永田方正「北海道蝦夷語地名解」国書刊行会 p.408 より引用)

「イト魚川」が「糸魚川」のことだったら面白いのですが、これは俗に「幻の魚」とも呼ばれる「イトウ」のことです。chiray-ot-nay で「イトウ・多くいる・川」と考えられそうです。なぜ chiray-otchiray-pet に化けたのかは不明ですが……。

ちなみに、知里さんの「──小辞典」には、chiray-ot-nay は「チらヨッナイ」とリエゾンするように記されていました。

ot おッ ((完)) ①(名詞についたばあい) a)……が群在(群居,群来)する。Chiray-~-nay〔チらヨッナイ〕[イト魚が・群来する・川](地名解 222, 309, 408)Chir-~-to〔チろット〕[鳥が・群来する・沼](同 309)。
(知里真志保「地名アイヌ語小辞典」北海道出版企画センター p.82 より引用)

ただ、実際に地名を追いかけてみると、「チラヨツナイ」と読ませる地名がむしろ少なく、「チライオツ」のようが多い印象があります(駅名にもなっている「知来乙」を含めて)。永田方正も「チライオッナイ」と書いているケースが多そうなので、ちょっと気になるところです。

主馬内沢川(読み不明)

o-mo-oma-nay?
河口・静かである・そこに入る・川
o-mu-oma-nay?
河口・塞がる・そこに入る・川
o-mun-oma-nay?
河口・草・そこにある・川


築別川には多くの支流がありますが、前述の「チライベツ川」と、最大の支流である「三毛別川」を除けば、アイヌ語の名前がそのまま残されているケースはとても少ない印象があります。

そんな中、道道 612 号「築別天塩有明停車場線」の主馬内ゲートからほど近いところを流れている「主馬内沢川」は貴重な例外と言えそうです。

「主馬内沢川」という字からは、「ああ、suma(-oma)-nay で『岩(・そこにある)・川』かぁ」と早合点してしまいそう……というか、まさに早合点していたのですが、「西蝦夷日誌」に次のような記述を見つけてしまいました。

上にチライヲツ(右川)、ポンチライヲツ(同)、タツコフウシナイ(左山)、テレケウシ(右川)、チクハンナイ、(幷て)クヲナイ(左川)、ニベシナイ(右川)、従此邊兩岸高く椴山に成る。ペンケチライヲツ(左川)、ヲモヲマナイ(左)、其餘小川多し。
(松浦武四郎・著、吉田常吉・編「新版 蝦夷日誌(下)」時事通信社 p.271 より引用)

「ヲモヲマナイ」という川が記録されていますが、「ヲモヲマナイ」に「主馬内」という字を当てた……という可能性が出てきました。

「東西蝦夷山川地理取調図」にも「ヲモヲマナイ」という川が描かれていますが、「サンケチクヘツ」(現在の「三毛別川」)よりも下流側の支流として描かれているため、厳密には「主馬内沢川」とは位置が異なることになります。ただ、この程度の誤りは割と良く見られるレベルでもあります。

そして「ヲモヲマナイ」をどう解釈するかですが、o-mo-oma-nay であれば「河口・静かである・そこに入る・川」と読めます。また o-mu-oma-nay で「河口・塞がる・そこに入る・川」とも読めるかもしれません。

あるいは o-mun-oma-nay で「河口・草・そこにある・川」とも読めそうな気もします。「東西蝦夷山川地理取調図」で描かれた「ヲモヲマナイ」の位置が正しい可能性もあり、そうなると「主馬内沢川」は移転した川名である可能性も出てくるので、地形面での特徴に解釈を委ねることも難しくなるんですよね。

前の記事続きを読む


www.bojan.net
Copyright © 1995- Bojan International

0 件のコメント:

新着記事