(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)
ウペレ沢川
suop-sar??
箱・やぶ
箱・やぶ
(?? = 旧地図等に記載あり、独自説、類型未確認)
(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)
平取町旭の「旭新栄橋」の近くで貫気別川に南西から合流する支流です。道道 71 号「平取静内線」は「シブサ橋」でこの川を渡っています。『北海道実測切図』(1895 頃) には「シユㇷ゚ウト゚ル」という名前で川が描かれているように見えます。『東西蝦夷山川地理取調図』(1859) にはそれらしい名前の川が見当たりません。
戊午日誌 (1859-1863) 「左留日誌」には次のように記されていました。
またしばし過て
シユブシヤ
右のかた小川。本名はシユウフシヤと云よし。
(松浦武四郎・著 秋葉実・解読『戊午東西蝦夷山川地理取調日誌 下』北海道出版企画センター p.27 より引用)
行者にんにくを煮て食べた?
この文に続いて由来も記されていたのですが……昔し饑飢の時に土人共山に入、此処にて茖葱を取りて煮て喰、其にて生命を全ふせしよりして号たりとかや。
(松浦武四郎・著 秋葉実・解読『戊午東西蝦夷山川地理取調日誌 下』北海道出版企画センター p.27 より引用)
頭註によると「茖葱」は「行者にんにく」とのこと。頭註でも指摘がありますが、午手控 (1858) には次のように記されていました。シユブシヤ
フクシヤを煮て喰しと云事也
(松浦武四郎・著 秋葉実・翻刻・編『松浦武四郎選集 六』北海道出版企画センター p.444 より引用)
「フクシヤ」は pukusa 即ち「行者にんにく」のことです。実際にそういった故事があったのかもしれませんが、いかにも「創作説話」っぽい感じがプンプンしますよね。「ウペレ」は「ウト゚ル」か
現在の川名「ウペレ沢川」は、「シブサ橋」や「シユㇷ゚ウト゚ル」、あるいは「シユブシヤ」と関連があるのでは……と考えてみました。具体的には「ウト゚ル」が誤読または転記ミスで「ウペレ」になったのでは……と。「箱」だった?
松浦武四郎は「シユブシヤ」の本名が「シユウフシヤ」だと記していますが、この「シユブ」あるいは「シユウフ」は suop で「箱」だった可能性があるかと思います。いやまぁ辞書からそれらしい語を拾っただけなんですが、この川の流域は箱のような地形に見えるので……。「シユブシヤ」の「シヤ」は sar でしょうか。位置的に「湿原」では無さそうですが、『地名アイヌ語小辞典』(1956) を良く見ると sar には「やぶ」や「しげみ」とも解釈できるとのこと。suop-sar で「箱・やぶ」だった可能性がありそうに思えてきました。
となると「実測切図」の「シユㇷ゚ウト゚ル」が謎めいてきます。素直に suop-utur で「箱・間」と見ても良いのですが、suop-sar の転記ミスだった可能性もありそうな気がするのですね。
ただ、この「箱」と呼べそうな盆地状の地形も川上側でいくつかに別れているようにも見えるので、「箱の間」と呼ばれた地形があった可能性もゼロでは無さそうにも思えます。現時点では「真相は謎」でしょうか。
タラック川
不明
(??? = アイヌ語に由来するかどうか要精査)
(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)
貫気別川を渡る「『東西蝦夷山川地理取調図』(1859) にはそれらしい川名が見当たりません。戊午日誌 (1859-1863) 「左留日誌」には次のように記されていたのですが……
また少し上り
キラウンナイ
左りの方小川。其名義は本名はキラウンヌフと云よし也。此処に鹿のつのがいつにても落て有ると云よりして号し也。
(松浦武四郎・著 秋葉実・解読『戊午東西蝦夷山川地理取調日誌 下』北海道出版企画センター p.27 より引用)
これは……さてどうしたものでしょうね。松浦武四郎が記録した「キラウンナイ」も、そして『北海道実測切図』の「ピラチミナイ」も、どちらも「ありそうな解」であり、また現在の「タラック川」とは相当な違いがあります。「ピラチミナイ」の「ピラチミナ」が「タラック」に化けた可能性はゼロでは無いと思っています。pira-chimi-nay で「崖・左右にかき分ける・川」となろうかと思われるのですが、地形における chimi という語はかなり難解な印象があります。
これまで見てきた地名だと、巨人が砂場を引っ掻いた跡のような地形をそう呼んだようにも思われます。ジョン・バチェラーの辞書にも Chimi という語があり、これは To search carefully after. であり日本語の「手探り」相当だ、とあります。
地形図を見た限りでは、確かに崖を巨人が引っ掻いたように見えなくもありません。ただ松浦武四郎の記録とはかなり異なる形であり、このあたりの川名について「実測切図」がどこまで信用できるかもやや疑わしく思えるので……。今回はお手上げとさせてください。
ヒカルノ沢川
sirar-so-us-i???
岩・滝・ついている・もの
岩・滝・ついている・もの
(??? = アイヌ語に由来するかどうか要精査)
(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)
「栄進橋」の近くで貫気別川に合流する東支流です(川名は国土数値情報による)。和名のように思えますが、『北海道実測切図』(1895 頃) には「シラリソウシ」という川名?が描かれていました。ただ面白いことに、「実測切図」と極めて内容が近い『北海測量舎図』には「シラリソウシ」に相当する川名?のみ未記入となっています。「実測切図」でも「シラリソウシ」は横書きになっているので、これは川名ではなく地名(スポット名?)だった可能性もありそうな感じです。
「シラリソウシ」は sirar-so-us-i で「岩・滝・ついている・もの」と読めそうでしょうか。支流の名前でなく、貫気別川にそれらしい「水中のかくれ岩」があった可能性もあるかもしれません。
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