2026年3月27日金曜日

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北海道のアイヌ語地名 (1361) 「志文川・アブシ川」

 

やあ皆さん、アイヌ語の森へ、ようこそ。
(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)

志文川(しぶん──)

supun-us-nay
ウグイ・多くいる・川
(旧地図等に記載あり、既存説、類型あり)
(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)
額平川の北支流で、平取貫気別の北東、タシュナイ川の東を流れています。『北海道実測切図』(1895 頃) には「シュプンウㇱュナイ」という川が描かれているほか、川の西に「シュプンタㇷ゚コㇷ゚」という山も描かれています。


戊午日誌 (1859-1863) 「左留日誌」には次のように記されていました。

しばし上りて
     シユブン
左りの方小川。此川には桃花魚うぐい多きよりして号しものなり。
松浦武四郎・著 秋葉実・解読『戊午東西蝦夷山川地理取調日誌 下』北海道出版企画センター p.30 より引用)
supun は「ウグイ」を意味します。岩見沢に同名の「志文」という地名があるほか、新日本海フェリーが発着する苫小牧東港の「周文埠頭」や大沼公園 IC の近くを流れる「宿野辺川」も supun 系の地名だったと記憶しています。

supun-us-nay であれば「ウグイ・多くいる・川」ということになりそうですが、ちょっと疑問なのが「シュプンタㇷ゚コㇷ゚」という山名です。現在の「三角山」のことだと思われますが、「ウグイの円山」という山名はなんとも珍妙なものです。

アイヌ語の地名は「先ず川名ありき」で、山の名前はオマケ程度だ……と考えることもできるのですが、「シュプンタㇷ゚コㇷ゚」についてもまさにそんな感じだったのかもしれませんね。

アブシ川

apa-us-i?
入口・ついている・もの(川)
(? = 旧地図等に記載あり、独自説、類型あり)
(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)
志文川の東で、南から額平川に合流する支流です。『北海道実測切図』(1895 頃) には「アプウシ」という川が描かれています。


『東西蝦夷山川地理取調図』(1859) には、不思議なことにそれらしい川が描かれていないように思われます。しかも不思議なことに、戊午日誌 (1859-1863) 「左留日誌」にもそれらしい記述が見当たりません。

戊午日誌「左留日誌」によると、「シユブン」の向かいに「ビバウシ」という川があるとのこと。『北海道実測切図』には「シュプンウㇱュナイ」(=志文川)から見て下流側に「ピパウシ」という川が描かれています。

戊午日誌「左留日誌」には「ヲフケイ」という右支流も記録されているのですが、位置的には「パンケペッカンロ川」河口の南あたりなので、現在の「アブシ川」よりは上流側の川だったと考えられます。ただ「アプウシ」と「ヲフケイ」は微妙に似ているようにも思えて気になります。

今回も apa か?

少々危険な推測ではあるのですが、仮に「実測切図」の「アプウシ」が本来の川名に近いのであれば、これまた毎度おなじみ apa-us-i で「入口・ついている・もの(川)」と考えたくなります。

apachise(家)の入口に相当する部分で、外から chise の中が丸見えにならないような構造になっています。
こちらの chise は下部が斜めにカットされた窓がついているように見えますが、これは展示用にカットしたものでしょう。apa から chise の内部が一部見えていますが、少なくとも丸見えではありません。
(新ひだか町アイヌ文化交流センターで撮影)
「アブシ川」を地理院地図で見てみると、下流側から上流側を覗くのを邪魔するような位置に山があるようにも思えます。

(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)
『北海道実測切図』には「アプウシ」の西(「中川」四等三角点の近く)に「ト゚アプウシ」という川も描かれているのですが、「ト゚アプウシ」の tu をどう解釈するかが悩ましいところです。

tu には「旧」以外にも「峰」や「岬」を意味するほか、「二つの」という意味もあります。今回の場合は「旧」と考えるよりは「峰」や「岬」と考えるべきにも思えますが、「二つの」と考えることもアリかもしれません。その場合は「アブシ川」のすぐ近くにあるものが「一つめの」apa で、その手前にある「ト゚アプウシ」が「二つめの」apa だったとも捉えられそうです。

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