2020年5月2日土曜日

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アイヌ語地名の傾向と対策 (724) 「キナウシ川・大森」

 

やあ皆さん、アイヌ語の森へ、ようこそ。

(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)

地図をクリックしたら地理院地図に飛べたりします。

キナウシ川

{pirkar-kina}-us-i???
オカトラノオ・多くある・ところ

(??? = 典拠あるが疑わしい、類型未確認)

神恵内村珊内(さんない)と、道の駅のある神恵内村大森の間は「マッカトンネル」「キナウシトンネル」「大森トンネル」の 3 つのトンネルが続きます。「キナウシ川」は「キナウシトンネル」と「大森トンネル」の間を流れています。またキナウシ川の河口の北側には「キナウシ岬」もあります。

「東西蝦夷山川地理取調図」には「ヒイカキナウシ」という地名?が描かれています。また「西蝦夷日誌」や「竹四郎廻浦日記」には「ヒリカキナウシ」と記されています。「ヒイカ──」は pirka と考えた良さそうな感じですね。

「キナウシ川」を探す

「竹四郎廻浦日記」の記述を詳細に見てみましょう。「東西蝦夷──」には詳細に地名等が記されているものの、どれがどこを指しているか良くわからなくなっているので……。

 扨ウエンチカツフより海岸掻送りにて来る時は岬を廻して、
     チカブニ 岩浜
     カモイシレバ 大岩岬
     ヒリカキナウシ 岩岬
     タン子ヒナイ 小滝
     フレブシ 大岩岬
     イワチプ 岩岬
     ウエントマリ 少しの澗也。
     サ子ナイサキ
 此処南トラセと対し北ノツトと対したり。並て前にしるす処の番屋元也。
     サ子ナイ 川有。
松浦武四郎・著 高倉新一郎・解読「竹四郎廻浦日記 上」北海道出版企画センター p.381 より引用)

ありがたいことに、「竹四郎廻浦日記」と「東西蝦夷山川地理取調図」の間にはほとんど異同がありません。「東西蝦夷──」には濁点・半濁点が無いのと、「フレブシ」が「フレヘツ」になっていたりする程度です。

「ウエンチカツフ」は、陸軍図では「ウエンチクナイ」と描かれているあたりと見て良いのかな、と思われます(wen-tuk-nay かも)。「キナウシ川」と「大森川」の間に「大森山」という山がありますが、大森山の西方に標高 223 m の山と標高 234 m の山があります。ちょうどその間のあたりが「ウエンチカツフ」だったようです。

そして「サ子ナイ」は現在の「珊内川」と考えて良いかと思います。となると「サ子ナイサキ」は「マッカ岬」のことと考えられそうです。

となると現在「キナウシ川」と呼ばれている川がどれか……となるのですが(ようやく本題に戻った感)、「タン子ヒナイ」しか無いのかな、と思わせます。tanne-{pin-nay} であれば「長い・{谷川}」となるでしょうか。確かにキナウシ川はこのあたりでは最も長い谷川と言えそうです。

「キナウシ岬」の本当の場所は

ちょっと気になるのが、「ヒリカキナウシ」(岩岬)が「タン子ヒナイ」の手前(南側)に記されているところです。うっかりミスは良くある話ですが、「大岩岬」の所在を考えると、現在「キナウシ岬」とされている場所は実は「フレブシ」で、本来の「ヒリカキナウシ」は河口の南側一帯だったんじゃないか……などと思ったりします。

「美しい草」とは

そして「ヒリカキナウシ」の意味ですが、永田地名解には次のようにありました。

Pirika kina ushi  ピリカ キナ ウシ  美ナル蒲アル處 夷婦刈テ蓆ヲ織ル
永田方正北海道蝦夷語地名解」国書刊行会 p.107 より引用)

意味するところは極々一般的なものでしたね。pirka-kina-us-i で「美しい・草・多くある・ところ」と考えて良さそうですが……あれ、ちょっと待ってください。えー、pirkar-kina で「オカトラノオ」を意味するのだそうです(pir-kar-kina で「傷・治す・草」とのこと)。

pirka-kina で「美しい・草」というのはちょっと引っかかるものがあったのですが、一般名詞ではなく固有名詞だとすれば凄く納得がいきます。{pirkar-kina}-us-i で「オカトラノオ・多くある・ところ」と考えられるのではないでしょうか。

大森(おおもり)

hum-ruy???
音・激しい

(??? = アイヌ語に由来するかどうか要精査)

道の駅「オスコイ!かもえない」のあるところです。北に「大森山」(標高 561.3 m)が聳え、山の東側を「大森川」が流れています。どう見ても和名にしか見えませんが、ところが「再航蝦夷日誌」に次のような記録がありました。

     ヲムリ
少しの岬有。此処をまたヒイカキナヲシとも云うよし。是よりし而又内海え廻す。東向也。
(松浦武四郎・著 吉田武三・校註「三航蝦夷日誌 上巻」吉川弘文館 p.608 より引用)

このあたりの記録を「東西蝦夷山川地理取調図」や「竹四郎廻浦日記」と照らし合わせると、少々前後関係が怪しく感じられるのですが、それはさておき「ヲムリ」と「大森」の音がとても似ているのは見逃せません。

「西蝦夷日誌」の記録の検討

西蝦夷日誌には次のように記されていました。前後関係の確認のため、少し長めに引用します。

ホンシユマイ(崖)、ウルリルキ(岩)、フウレシユマ〔赤石〕(大岩)和人赤岩と云、赤き穴有岩あり。ニキトマリ(磯)、ハトピン、(七町半)チヤラセナイ(瀧)、一條の瀑布奇岩にかゝる。此所ワシリと云。此所を廻り行に、波浪有時は越難し。ラルシナイ(石濱)、フミルイ、(十町)大森(岬)廻りテレテキ(岩)、カシニ(磯)、ウムリイ(同)、ヲヤウシ(同)、ワシリヒ(同)、崖下傅行(十三町)、マシナウ泊(二町半)和人等ツケマと云。
(松浦武四郎・著、吉田常吉・編「新版 蝦夷日誌(下)」時事通信社 p.123 より引用)

赤石側から「西蝦夷日誌」の記載を確かめてみると、「チヤラセナイ」が Google Map にある「中の滝」ではないか、と思わせます(地理院地図でも大森と赤石の間の川として描かれています)。となると現在の「大森川」の河口あたりが「ラルシナイ」だった可能性が出てきそうです。

「大森」=「フミルイ」?

「ラルシナイ」が「大森川」の河口あたりだとすると、西蝦夷日誌に出てくる「大森(岬)」との間に「フミルイ」という地名?があったことになります。「フミルイ」は、永田地名解には次のように記されていました。

Hum rui  フㇺ ルイ  高音 大瀑アリ海上五里外ヨリ望ムヲ得ベシ
(永田方正「北海道蝦夷語地名解」国書刊行会 p.107 より引用)

hum-ruy で「音・激しい」と解釈できそうです。この「大瀑」が大森川のことで、「フㇺルイ」が「ウㇺルイ」となり、やがて「オォモリ」になった……という可能性は考えられないでしょうか。

「でも『大森(岬)』が別にあるではないか」と思われるかもしれませんが、「和人赤岩と云」という記載もあるので、和人はアイヌ語の地名をベースに独自の流儀の地名を編み出し始めていた……ということではないでしょうか。

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