2020年7月4日土曜日

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アイヌ語地名の傾向と対策 (742) 「登延頃川・御園・ソーケシュオマベツ川」

 

やあ皆さん、アイヌ語の森へ、ようこそ。

(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)

地図をクリックしたら地理院地図に飛べたりします。

登延頃川(のぼりえんころ──)

nupuri-enkor-kus-pet
山・鼻(岬)・通行する・川

(典拠あり、類型あり)

喜茂別町尻別のあたりで尻別川に合流する西支流の名前です。古い地図には中流部(国道沿い)に「登延頃」という地名が描かれていますが、現在の地形図には見当たりません。また上流部の留寿都村には「登」という地名が見られますが、これもかつては「登延頃」という大地名だったようです。

明治時代の「北海道地形図」には「ヌプリエンゴロクㇱュペッ」という名前で描かれていました。また、永田地名解には次のように記されていました。

Nupri engoro kush pet ヌㇷ゚リ エゴロ クㇱュ ペッ 山前ヲ流ル川
永田方正北海道蝦夷語地名解」国書刊行会 p.179 より引用)

どうやら nupuri-enkor-kus-pet で「山・鼻(岬)・通行する・川」と考えて良さそうでしょうか。山田秀三さんの「北海道の地名」にも次のように記されていました。

地名ではエンコロ(鼻)で,山崎のことをいうことが多い。この川と尻別川の合流点の処に,尻別岳の山裾が突き出していて,その山崎の下を流れているのでこの名がつけられたのであろう。
(山田秀三「北海道の地名」草風館 p.468 より引用)

そんなところなのでしょうね。確かに尻別岳の東麓にちょこんと突き出たところがあることが、地形図からも確かめることができます。

御園(みその)

oro-wen-{shir-pet}
その中・悪い・{尻別川}

(典拠あり、類型あり)

喜茂別町南部の地名で、近くをオロウェンシリベツ川が流れています。かつて国鉄胆振線に同名の駅があった(但しむしろ南側の「金山」に近い場所だった)ので、まずは「──駅名の起源」を見てみましょう。

  御 園(みその)
所在地 (胆振国) 虻田郡喜茂別町
開 駅 昭和 16 年 10 月 12 日(胆振縦貫鉄道)
起 源 はじめ「金山」という駅名の予定であったが、根室本線に同名の駅があるため、隣部落の「御園」をもって駅名としたものである。
(「北海道駅名の起源(昭和48年版)」日本国有鉄道北海道総局 p.79 より引用)

あっ……。やはり「金山のほうが近い」という認識はあったんですね。続きもありまして……

「御園」はアイヌ語の「オロ・ウェン・ヌプキ・ペッ」(その中の悪い濁った川)、すなわち川底の状態が悪くて歩きにくい濁った川の意の上部をとって御路園(おろえん)の漢字をあてたが、後に「路」を除いて「御園」とし、「みその」と読ませたものである。
(「北海道駅名の起源(昭和48年版)」日本国有鉄道北海道総局 p.79 より引用)

ほう……という話ですが、ひとつ大きな間違いが含まれているようです。「オロエンヌキベツ川」は実在しますが、真狩村と豊浦町の境界を流れる川で、直線距離にしても 20 km ほど離れています。ここで言う「御路園」は「オロウェンシリベツ川」のことを指したと考えるのが自然でしょう。

山田秀三さんの「北海道の地名」にも、次のように記されていました。

前のころは川名を下略して御路園(御老円とも)と呼んでいたが,いつの間にか中の路を省いて御園とし,読み方も「みその」となった。
(山田秀三「北海道の地名」草風館 p.469 より引用)

ということで、oro-wen-{shir-pet} で「その中・悪い・{尻別川}」が oro-wen に省略され、「御路園」という字を当てた後に真ん中の字が省かれて「御園」になった、で良いでしょうか。既に原型を留めていない感もありますが、一応アイヌ語の地名に由来するということで……。

ソーケシュオマベツ川

so-kes-oma-pet
滝・末端・そこに入る・川

(典拠あり、類型あり)

尻別川の北支流の名前で、喜茂別町と伊達市大滝区(旧・大滝村)の境界となっています。明治時代の地形図にも「ソーケシユオマペツ」と描かれています。

永田地名解には次のように記されていました。

Sō kesh oma pet  ソー ケシュ オマ ペッ  瀑下ニ在ル川 瀑下ヲ横流スル川ナリ
(永田方正「北海道蝦夷語地名解」国書刊行会 p.179 より引用)

どうやら so-kes-oma-pet で「滝・末端・そこに入る・川」と考えられそうですね。ただ、「東西蝦夷山川地理取調図」には「ニセイケシヨマフ」という名前で川が描かれていました。これだと nisey-kes-oma-p で「断崖・末端・そこに入る・もの」と読めそうです。

個人的な所感ですが、so-kes- よりも nisey-kes- のほうがどことなくしっくり来るんですよね。もしかすると nisey-kes-ni が失われて「シェーケショマㇷ゚」となった可能性もあったりするかな、などと想像してみました。

ケショマップ川

不思議なことに、現在は「ソーケシュオマベツ川」の西支流として「ケショマップ川」が存在しています。この川について、山田秀三さんは「北海道の地名」で次のように考えていたようです。

その so-kesh-oma-p を続けてソーケショマプと呼ばれていたのを,和人が前略してケショマップというようになったものらしい。ただし今ではソーケシオマベツ川の西支流の名とされている。
(山田秀三「北海道の地名」草風館 p.469 より引用)

この事から「ソーケシュオマベツ」と「ニセイケショマㇷ゚」という川がそれぞれ存在していた……という仮説を導き出すのは、さすがにちょっと無理があるかなぁと思っています。

壮園(そうえん)

喜茂別町南部、尻別川の南側あたりの地名です。尻別川の北側、ソーケシュオマベツ川の西に「双葉」という地名がありますが、以前は地名も「ソーケシュオマベツ」だったとのこと。

この「壮園」ですが、「ソーケシュオマベツ」と「御路園」の合成地名なのだそうです。

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