2020年7月18日土曜日

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アイヌ語地名の傾向と対策 (746) 「ソウベツ川・ニフシナイ川・ニナルカ川」

 

やあ皆さん、アイヌ語の森へ、ようこそ。

(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)

地図をクリックしたら地理院地図に飛べたりします。

ソウベツ川

so-pet
滝・川

(典拠あり、類型あり)

洞爺湖の北岸に注ぐ川の名前です。洞爺湖に注ぐ川の中ではもっとも大きなものとされています。so-pet で「滝・川」と考えられそうです。

ただ、古い地形図を見ると現在の「ソウベツ川」のところに「ホロベツ」と描かれています。確かに「北海道地名誌」にも次のように記されていました。

 ソウベツ川 もとポロベツ川(大事な川)といった川で,下流域に水田がつくられている。ソウベツは滝川の意。
(NHK 北海道本部・編「北海道地名誌」北海教育評論社 p.528 より引用)

poro- を「大事な」と解釈する更科さんテイストが光りますね。更科さんの解釈では poro- は「大切な川」であり、魚が獲れるなどのご利益のある川をそう呼んだ、とあります。このソウベツ川が魚の多い川だったかどうかは良くわかりませんが、上流部に滝が多いことからいつしか so-pet と呼ばれるようになった、ということでしょうか。

なお、ソウベツ川の南支流に「早月川」という川があり、かつてこのあたりに「早月」(はやつき)という集落があったそうです。「早月」を仮に音読みすると「そうげつ」となるのですが、「ソウベツ」とどことなく似ているのが気になります。

ニフシナイ川

{ni-pu}-us-nay?
{庫}・ある・川
nipes-nay??
シナノキの皮・川

(? = 典拠あるが疑わしい、類型あり)(?? = 典拠なし、類型あり)

貫気別川の南支流で、洞爺湖町の北西部を流れています。「東西蝦夷山川地理取調図」には「ニイフシ」という名前の川が描かれていることが確認できます。

永田地名解にも次のように記されていました。

Ni ush nai  ニ ウㇱュ ナイ  樹木多キ川
永田方正北海道蝦夷語地名解」国書刊行会 p.177 より引用)

ふむふむ。ni-us-nay で「木・多くある・川」と解釈できそうですね。

ただ、「オーホナイ川」の回でも少し触れたように、松浦武四郎は「武四郎坂」の北に「ニヌフシナイ」という川がある、と記録しています。現在の「ニフシナイ川」は「武四郎坂」の西にあるので、少なくとも松浦武四郎が記録した「ニヌフシナイ」と現在の「ニフシナイ川」は別の川だ、ということになります。

明治時代の地形図を見てみると、現在の「大原川」のところに「ニウシユナイ」と描かれています。もしこれが正しいのであれば、「ニウシユナイ」は「ニヌフシナイ」と同じ川である可能性が高まります。

ただ、丁巳日誌「報志利辺津日誌」を読むと「ニフシナイ川」の位置に「ニイブシナイ」という川があるとの記載(聞き書き)があるので、やはり「ニイブシナイ」と「ニヌフシナイ」は別の川だった、と考えたほうが自然かもしれません。

「ニイブシナイ」をどう解釈するかですが、「北海道地名誌」には次のように記されていました。

 ニプシ川 貫気別川の左支流。アイヌ語「ニプウシ」(木の庫が沢山ある)の意か。
(NHK 北海道本部・編「北海道地名誌」北海教育評論社 p.528 より引用)

確かに {ni-pu} は「倉」と解釈できます(美深町仁宇布が ni-pu ではないか、という説もありました)。そこから {ni-pu}-us-nay で「{庫}・ある・川」と考えたようです。

ただ、ニフシナイ川沿いに「庫」があったかと言われると、やや疑わしいかな、と感じています。まだ nipes-nay で「シナノキの皮・川」あたりのほうが可能性があるのではないでしょうか。

なお「ニヌフシナイ」のほうは ninar-us-nay で「台地・ついている・川」と読めたりしないかなぁ……と思っています。


ニナラオシマオマナイ

ちなみに、前述の「明治時代の地形図」では現在の「ニフシナイ川」と思しき川が「ニナラオシマオマナイ」となっています。これは ninar-osma-oma-nay で「台地・後ろ・そこに入る・川」と解釈できそうです。

ここで言う ninar は現在の「成香」のことを指すと考えられます。実際に現在の「ニフシナイ川」には「成香川」という南支流があり、成香川を遡ったあたりが「洞爺湖町成香」の台地です。

ニナルカ川

ninar-ka
台地・の上

(典拠あり、類型あり)

洞爺湖町の「成香」という地名は、元々は「ニナルカ」という地名が「仁成香」に変化し、後に「成香」に短縮された……と言われています。

厳密には「成香」は「南仁成香」で、現在の「洞爺湖町香川」のあたりが「北仁成香」だったとのこと。洞爺湖町香川のあたりを流れる川を ninar-us-nay と呼んだとしても不思議はない……とも言えそうです。

面白いことに、現在は「成香川」(ニフシナイ川南支流)の西隣に「ニナルカ川」(貫気別川東支流)が流れています。洞爺湖町成香を中心に考えると、現在の「ニフシナイ川」、またはニフシナイ川の支流は「成香の後ろに入る川」で、ninar-osma-oma-nay と呼ぶのに相応しいと言えそうです。

今更ですが、「成香」の由来を更科さんの「アイヌ語地名解」から引用しておきましょう。

 成香(なるか)
 洞爺村の地名。アイヌ語ニナルカ(台地)に当字をしたもの。
(更科源蔵「更科源蔵アイヌ関係著作集〈6〉アイヌ語地名解」みやま書房 p.60 より引用)

ということで、「ニナルカ川」は ninar-ka で「台地・の上」と読み解けそうです。ただ「東西蝦夷山川地理取調図」や丁巳日誌「報志利辺津日誌」にはそれらしき記載がないので、元々は川の名前では無かったと考えられそうです(「ニナルカ」という地名が先にあったと見られます)。

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