2011年2月6日日曜日

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北海道・東北の旅 2010/夏 (51) 「一面だけのピラミッドっぽい」

 

「三航北国日誌」第 51 回です。本日は「なんということでしょう!」連発の内容でお届けします(←

週末に終末論を語ってみる(←

はい、昨日の記事の続きです。「宇宙友好協会」(CBA)は、1960 年から 1962 年にかけて「大洪水が起こる」という終末論を説きましたが、お約束通り「しかし なにも おこらなかった!」という結果に終わります。

現実には、日本を飲み込むような大洪水という「カタストロフィ」は起こらず、逆に CBA で内部抗争が勃発しカタストロフィ的様相を呈するという、これまた笑えない状況となってしまい、退会者も相次いでしまいます。信用を失ってしまった CBA は、会員を引き留めるためにも、またその権勢を誇るためにも、何かをしないといけなかった……というわけで建設されたのが、「ハヨピラ UFO 基地」だった、と考えられます。

ハヨピラ建設
「リンゴ送れ、C」事件と、終末予言そのものが外れたことから、CBAは思想や活動の新たな主軸として古代宇宙飛行士説を唱えるようになる。
その象徴的な事業として、1964年、彼らが宇宙人であったと考えるアイヌの神オキクルミを称えるモニュメントやピラミッド型祭壇を備えた記念公園「ハヨピラ」を北海道平取町に建設することを計画する。建設を業者に発注するのではなく、会員自らによって設計や土木作業そのものまでが行われたため、非常に難航した。1967年の完成後、松村の発病もあり、CBAは活力を失い消滅した。
(Wikipedia 日本語版「宇宙友好協会」より引用)
現在の「ハヨピラ自然公園」は、公式?には
災害の影響のため閉園」とされていますが、Wikipedia の記述を見る限りでは、そもそもが素人普請によるものだったようですね。これでは「崩落の危険がある」とされても仕方が無いでしょうね。

なお、ハヨピラは土地を寄贈された平取町によって一時自然公園として利用されていたが、現在では立入禁止となっている。1980年代にバラエティ番組『探偵!ナイトスクープ』で朽ち果てた姿が紹介されている。なお、『トンデモ本の世界R』では「取り壊されてしまったようである」とされているが、実際は現存している。
(Wikipedia 日本語版「宇宙友好協会」より引用)
というわけで、「ハヨピラ自然公園」は CBA から平取町に「寄贈された」とあります。まぁ、「厄介払いされた」というのが正解のような気もします。

ピラミッド・パワーで木も繁る!

また、次のような注釈もあります。

注:ピラミッドと言っても実際には山の斜面を利用して1面だけ階段を作ったようなものである。1980年代には、崩れる危険を承知の上で登ることができたが、その時点ですでに各種施設(土産物屋なども存在した)は、いつ壊れてもおかしくない状況であった。少なくとも2007年には、入り口が封鎖され立ち入ることができなくなっている。
(Wikipedia 日本語版「宇宙友好協会」より引用)
つまり、どうやら
これがピラミッドの「頂点」に見立てられていた、ということかも知れません。写真だと左下に伸びる「階段」が、ピラミッドの「南斜面」に当たる、ということでしょうか。

以前にどなたかの Blog で拝見したのですが、「平取町史」には完成直後の「ハヨピラ UFO 基地」の写真が掲載されているのだそうです。それを見た感じでは、当時はもっと「一面だけのピラミッドっぽい」外観だったようですが、今ではご覧の通り、大半が木に覆われて見えなくなっています。人間の想像力(妄想力?)も実に恐ろしいものですが、自然の再生力も負けず劣らず逞しいようで……。

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