2018年2月24日土曜日

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アイヌ語地名の傾向と対策 (511) 「増市町・小橋内町」

 

やあ皆さん、アイヌ語の森へ、ようこそ。

(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)

増市町(ますいちちょう)

mas-chise
カモメ・家


ハルカラモイの東側、測量山の北西側の地名です。三方を山に囲まれた地形で、住宅街が広がっています。海側の高台には「北海道室蘭清水丘高等学校」がありますね。

増市町の西には「ハルカラモイ」がありますが、増市町の南には「マスイチセ」があります。偶然の一致と言うにはあまりに似すぎていますが、これはやはり偶然ではなく、「増市」という地名は「マスイチセ」に由来するみたいです。

というわけで今回も、知里さんの薄い本「室蘭市のアイヌ語地名」を見ておきましょうか。

(七〇) マスイチ。原語「マスイチセ」(Masúycise)或は「マシュイチセ」(Mašuycise)。マスイチはマスイチセの下略形。マスイチの浜などと呼ぶ。
(知里真志保・山田秀三「(復刻版)室蘭・登別のアイヌ語地名『室蘭市のアイヌ語地名』」知里真志保を語る会 p.27 より引用)

「マスイチセ」が「マスイチ」に化けた理由が若干謎なのですが、やはり日本語としての語呂、あるいは据わりの良さからなんでしょうか。そして気になる地名解ですが……

語原はマㇲ・チセ」(<mas-cisé〔海猫(の)・家〕)、或は「マㇱ・チセ」(<mas-cisé〔同上〕)。こゝの岩穴にカモメやウミネコの巣が多かつたので名づけたという。
(知里真志保・山田秀三「(復刻版)室蘭・登別のアイヌ語地名『室蘭市のアイヌ語地名』」知里真志保を語る会 p.27 より引用)

ふむふむ。mas-chise で「カモメ・家」と考えられそうですね。現在は「閑静な住宅街™」という趣のある増市町にピッタリな由来でしょうか。

念のため「東蝦夷日誌」も見ておきましょうか。

マシユエチセ(岩平)黑く觜(くちばし)と蹼(みずかき)が赤き鳥が住む故號くと云。又鷗が留る穴があるともいへり。
松浦武四郎・著、吉田常吉・編「新版 蝦夷日誌(上)」時事通信社 p.86 より引用)

この特徴だと「ユリカモメ」が近そうでしょうか。

永田地名解には、また少し違った解が記されていました。

Mashui chise  マシュイ チセ  ツナギ鳥ノ巣
永田方正北海道蝦夷語地名解」国書刊行会 p.193 より引用)

はて、「ツナギ鳥」とは一体……? ちらっと調べた限りでは、焼鳥の部位の情報しか見当たりませんが……(汗)。

小橋内町(おはしないちょう)

o-has(-un)-nay?
河口・細枝(・ある)・沢
o-{has-inaw}(-un)-nay?
そこに・{枝つきのイナウ(木幣)}(・ある)・沢


増市町の北東に位置する地名です。アイヌ語由来の地名にありがちな無理くり感が無いので見落としてしまいそうになりますが、これもおそらくアイヌ語由来の地名です。

知里さんの「室蘭市のアイヌ語地名」には、非常に力のこもった解説が記されていました。ちょっと長いですが、引用してみましょう。

(四四) オハシナイ(小橋内)。原名「オハㇱナイ」(Ohašnay)。語原は次のような説が考えられる。(イ)「オ・ハㇱ・ウン・ナイ」(<o-has-un-nay〔沢口に・灌木・ある・沢〕)で、「オハシュンナイ」→「オハㇱナイ」と転訛した。(ロ)この「オハㇱナイ」に対して、後のアイヌは簡単に「オ・ハㇱ・ナイ」(o-has-nay〔川尻の・流木の・沢〕) と解していたかもしれない。
(知里真志保・山田秀三「(復刻版)室蘭・登別のアイヌ語地名『室蘭市のアイヌ語地名』」知里真志保を語る会 p.18 より引用)

o-has(-un)-nay で「河口・細枝(・ある)・沢」という解釈ですね。とても妥当な説に思えるのですが、知里さんはもう一歩踏み込んだ解釈を記していました。

(ハ)この「ハㇱ」(haš)は単なる「灌木」「柴」の意味ではなく、「ハㇱナウ」(<has-ináw〔柴・幣〕)の意味だつたのではなかろうか。そうだとすれば、アイヌが海幸の神に捧げる柴幣の幣場が昔こゝの岬の上にあったのでそう名づけられたのかもしれない。それだと「そこに・柴幣の幣場のあつた沢」の意である。
(知里真志保・山田秀三「(復刻版)室蘭・登別のアイヌ語地名『室蘭市のアイヌ語地名』」知里真志保を語る会 p.18 より引用)※ 原文ママ

八雲町に「ハシノスベツ川」という川があるのですが、これを {has-inaw}-us(-pet) で「{枝つきのイナウ(木幣)}・多くある・川」ではないかと考えていました。似たような考え方で、知里さんは o-{has-inaw}(-un)-nay で「そこに・{枝つきのイナウ(木幣)}(・ある)・沢」と解釈したようです。

知里さんが「岬の上」と記したのは、小橋内町と港南町の間の山のことでしょうか。都合の良いことに、現在も「小橋内稲荷神社」という神社が存在するようです。

知里さんは、has-inaw 説にこだわりがあったようで、次のようにインフォーマントからの情報も記していました。

現地出身の漁夫平三良翁(80才位)の談によれば、この人の年少の頃こゝに「イナウ」(inaw〔幣〕)を飾る柱が立つていたのを見た由で、戦争のあつたときそこに幣を飾つて祈つた所だつたと古老から聞いた記憶があるそうである。そうだとすれば、いよいよ柴幣説が確からしくなってくる。
(知里真志保・山田秀三「(復刻版)室蘭・登別のアイヌ語地名『室蘭市のアイヌ語地名』」知里真志保を語る会 p.18 より引用)※ 原文ママ

そして、has-inaw 説の「根拠」について、次のように続けていました。

そういう柴幣の幣場は海に臨んだ高所に設けられるのが常であるし、それをどこでも「ハシナウシ」」(<hašinaw-us-i〔柴幣・ある・所〕と呼ぶのが普通である。こゝの岬の上にも恐らくハシナウシがあつたのであろう。
(知里真志保・山田秀三「(復刻版)室蘭・登別のアイヌ語地名『室蘭市のアイヌ語地名』」知里真志保を語る会 p.18 より引用)※ 原文ママ

さて。一旦知里さんの薄い本から離れて「東蝦夷日誌」を見てみます。

ホンヲハシナイ(小灣)、ホロヲハシナイ(小川)、ホロシレト(大岬)、アルトル(山岬)山向ふの義。
(松浦武四郎・著、吉田常吉・編「新版 蝦夷日誌(上)」時事通信社 p.85 より引用)

「東蝦夷日誌」によると、「ホンヲハシナイ」が「小灣」で「ホロヲハシナイ」が「小川」とあります。これはあくまで地名の地形的な特徴を記したものと考えたいところです。「ホンヲハシナイ」も -nay ですから、本来は川の名前だったと考えないとおかしいですよね。

元々は、「ホロヲハシナイ」と「ホンヲハシナイ」という川が並んで流れていたと考えるのが自然です。測量山の麓から増市町と港南町を流れて海に注ぐ川が「ホロヲハシナイ」で、小橋内町を流れる(現在は暗渠化されているようですが)川が「ホンヲハシナイ」だった可能性がありそうです。

永田地名解にも、二つ並んで記載されていました。

Poro oha ush nai  ポロ オハ ウㇱュ ナイ  大空ノ澤 「オハ」ハ空虚ノ意疱瘡流行ノ際土人或ハ逃走シ或ハ死シテ土人居ル者ナク空虚トナリシヲ以テ名ク
Pon oha ush nai   ポン オハ ウㇱュ ナイ  小空ノ澤 同上
(永田方正「北海道蝦夷語地名解」国書刊行会 p.195 より引用)

poro-oha-us-nay で「大きな・からっぽの・そうである・沢」と読み解くことができそうですが、この解釈を知里さんは「語意の上から無理な説である」と切り捨てています。どのように無理があるのか、もう少し具体的に示していただけたら有難かったのですが……。

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