2018年7月22日日曜日

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アイヌ語地名の傾向と対策 (553) 「ヒラノケオマナイ川・カアカルシナイ川・ウエンシリン川」

 

やあ皆さん、アイヌ語の森へ、ようこそ。

(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)

ヒラノケオマナイ川

pira-noske-oma-nay
崖・真ん中・そこに入る・川


昔、西武ライオンズに「平野謙」という外野手がいました。実は西武ライオンズ時代よりも中日ドラゴンズ時代のほうが長かったらしいのですが、まぁ関係ないですよね(関係ないです)。

気を取り直して「ヒラノケオマナイ川」ですが、足寄川の北支流で、オサルウンナイ川の東隣を流れています。足寄町中足寄の西のほうを流れている、と言っても良いかもしれません。

中足寄の集落は南向きの段丘の上にあります。このあたりの足寄川は右に左にと酷く蛇行していて、中足寄の西側では川が段丘を削って大きな半円形の崖ができていました。ヒラノケオマナイ川はそんな崖の上から足寄川に注いでいたことになります。

「ヒラノケオマナイ川」ですが、古い地図には「ピラノシケオマナイ」と記されていました。なるほど、これだと意味も明瞭に理解できます。pira-noske-oma-nay で「崖・真ん中・そこに入る・川」ということになりますね。

カアカルシナイ川

ka-kar-us-nay
罠・つくる・いつもする・川


足寄川の北支流で、足寄町中足寄の集落の西側を流れています。このあたりでは久しぶりにそこそこの長さのある北支流で、地理院地図でもその名前を確認できます。「東西蝦夷山川地理取調図」にもそれらしき川が描かれていますが、残念ながら名前は記されていません。

大正九年測図の陸軍図では「カカルスナイ川」と記されていました。一方でそれより古いと見られる地形図には「カアカルシナイ」とあります。それほど酷い転訛は無かったと考えて良さそうな感じでしょうか。

音からは ka-kar-us-nay で「罠・つくる・いつもする・川」と読み解けそうな感じでしょうか。この場合の「つくる」は ‘make’ ではなく ‘get’ に近いニュアンスで考えるほうが正しいかもしれません。

鎌田正信さんの「道央地方のアイヌ語地名」にも、次のように記されていました。

カアカルシナイ
カカラシナイ沢(地理院図)
 中足寄集落の西はずれを通って、北東から流入している。
 カー・力ㇽ・ウㇱ・ナイ(ka-kar-us-nay わなを・作り・つけている・川) の意で、鹿などを捕えるわながあったのであろう。
(鎌田正信「道東地方のアイヌ語地名【国有林とその周辺】」私家版 p.175 より引用)

ああやはり。やはり同じような見方になりますね。

ウエンシリン川

wen-sir-nay?
悪い・断崖・川
wen(-sir)-kes-oma-nay?
悪い(・断崖)・末端・そこに入る・川


足寄町中足寄の南で足寄川に合流する南支流の名前です。しばらく北支流が続いたので、南支流は久しぶりですね。

この「ウエンシリン川」ですが、良くわからないことになっていまして……。「東西蝦夷山川地理取調図」には「ウエンケシヨマナイ」という名前の川が記録されています。

そして戊午日誌「東部報十勝誌」にも次のように記されています。

またしばしを過て
     ウエンケシヨマナイ
右のかた小川。其名義不解といへり。
松浦武四郎・著 秋葉実・解読「戊午東西蝦夷山川地理取調日誌 下」北海道出版企画センター p.329 より引用)

これを見た感じでは、wen-kes-oma-nay で「悪い・末端・そこに入る・川」と読み解けそうな感じがします。もっとも wen-kes というのは少々意味不明だったりします。kes はたとえば pira-kes とか nisey-kes のように名詞の後ろにつくことが多いので、wenkes の間に何かがあって、それが抜け落ちてしまった(あるいは省略されてしまった)と考えるべきかもしれません。

明治の頃の地形図では「ウェンケシュオマナイ」と記されています。どことなく永田さんテイストが入っていますが、他は大差ない感じでしょうか。

ところが、1968 年測量の 2.5 万地形図では「ウェンシリ沢」となっている……ように見えます。

国土地理院さん、昔の地形図をネットで見ることができるのは滅茶苦茶嬉しいんですが、もうちょいと解像度が高いと嬉しいんですが……(今回なんかも字が潰れちゃって読みづらくて)。

なぜ似て非なる形に変化してしまったのか……という話ですが、鎌田正信さんが次のような説を記してくれていました。

ウエンケシオマナイ
ウエンシリ沢(地理院図)
平和ノ沢(営林署図)
 上足寄太と更生の境あたりを通って、南側から流入している。ウエィシㇽ・ケㇱ・オマ・ナイ(wey-sir-kes-oma-nay 水際の断崖絶壁の・しものはずれ・にある・川)の意で、シㇽのぬけた形であったが、地理院図はその形がウエンシリとして残っている。
(鎌田正信「道東地方のアイヌ語地名【国有林とその周辺】」私家版 p.175 より引用)

ああなるほど。wenkes の間にあったと推測される「何か」が sir ではないかという考え方で、確かに合理的な解釈ではありますね。

鎌田さんが wenwey としたのは、知里さんの言う「n は,s の前に来れば,y に変る。」という音韻変化の法則に沿う形ですね。

とりあえず、「ウエンシリン川」は wen-sir-nay で「悪い・断崖・川」と考えて良さそうな感じがします。また、松浦武四郎が記録した「ウエンケシヨマナイ」は wen(-sir)-kes-oma-nay で「悪い(・断崖)・末端・そこに入る・川」と考えられそうでしょうか。


ウエンシリとウエンケシオマナイは別の場所だった?

ただ、戊午日誌「東部報十勝誌」に、ちょっと気になる情報を見つけました。イナウシベツ(稲牛川すじ)の情報として、次のように記されていたのですね。

扨また此イナウシベツの事を聞に、川口を入りてしばしにて、ウエンシリ、是左り(右)の小川有、其上に丸き山一ツ有、それを号るよし。其名義は悪き山と云り。
(松浦武四郎・著 秋葉実・解読「戊午東西蝦夷山川地理取調日誌 下」北海道出版企画センター p.329 より引用)※ カッコ内の註は解読者によるもの

「東西蝦夷山川地理取調図」にも、戊午日誌の記述どおりに「左の小川」と「丸い山」が描かれています。実際に地形図で丸い山、すなわち独立峰を探してみると、*どちらかと言えば* 戊午日誌、あるいは東西蝦夷山川地理取調図の記述が正しい(左側、すなわち東側にある)ようにも感じられます。

「ウエンシリン川」は稲牛川の *西側* にあるので、似て非なる地名が両方存在したか、あるいは後の人間が「ウエンシリ」と「ウエンケシオマナイ」を混同したのかもしれませんね。

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