2020年9月12日土曜日

次の投稿 › ‹  前の投稿

アイヌ語地名の傾向と対策 (762) 「エキモアンルル川・シリツルオマップ川」

 

やあ皆さん、アイヌ語の森へ、ようこそ。

(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)

地図をクリックしたら地理院地図に飛べたりします。

エキモアンルル川

e-kim-oma-{an-rur}
頭(水源)・山の方・そこに入る・{阿野呂川}

(典拠あり、類型あり)

夕張郡栗山町と夕張市の境界近くを「阿野呂川」という川が流れています。エキモアンルル川は阿野呂川の東支流で、夕張市域を流れています。

「阿野呂川」は、永田地名解によると an-rur で「向こう側の・海」だとされています。「エキモアンルル川」という名前も「阿野呂」はもともと「アンルル」だったことを示している……ように思えるのですが、ところが「東西蝦夷山川地理取調図」や丁巳日誌「由宇発利日誌」はすべて「アノロ」と記録されています。さて、これはどう考えたものでしょう……?

明治時代の地形図が「永田地名解」の影響を受けていることはほぼ確実だと思われるのですが、「阿野呂川」もその例に漏れることなく「アンルル川」と描かれています。ところが現在の地名・川名は「阿野呂」で、松浦武四郎が記録した音に戻っているように見えます。

面白いことに、現在、栗山町と夕張市の境界近くを流れる川の名前は「阿野呂川」ですが、明治時代の地形図では「エキモマアンルル川」となっています。現在の「エキモアンルル川」は阿野呂川の東支流に過ぎない存在ですが、かつては阿野呂川の道道 3 号以北は「エキモアンルル川」と認識されていたようです。

永田地名解には次のように記されていました。

E kimoma anruru  エ キモマ アンルル  山ノ方ヘ向テ流ル山向フノ海岸川 此邊山岳ナシ
永田方正北海道蝦夷語地名解」国書刊行会 p.71 より引用)

「アノロ」が本当に「アンルル」なのかは一旦措くとして、「エキモアンルル」は e-kim-oma-{an-rur} で「頭(水源)・山の方・そこに入る・{阿野呂川}」と見て間違い無さそうですね。阿野呂川を遡ると最終的に東に向きを変えることになりますが、このことを指して「水源が山の方に入る」と考えたのかな、と思わせます。

シリツルオマップ川

sir-utur-oma-p?
山・間・そこに入る・もの(川)

(? = 典拠未確認、類型多数)

阿野呂川は道道 3 号「札幌夕張線」沿いを流れていますが、道道 3 号は夕張鉄道の「新二岐駅」があったあたり(現在の栗山町日出)で阿野呂川沿いから支流の富野川沿いにルートを変えます。シリツルオマップ川は富野川の北支流です。

「東西蝦夷山川地理取調図」や丁巳日誌「由宇発利日誌」には該当しそうな川を見つけることができませんでした。ただ明治時代の地形図に「シルツルヲマツプ川」と描かれていたのは確認できました。

「シリツルオマップ」は sir-utur-oma-p で「山・間・そこに入る・もの(川)」と考えて良いかと思います。大抵の川は山の間から出てくるものなので、このネーミングについては少し考えてしまいますが、シリツルオマップ川の谷は、富野川の北支流の川の中では比較的緩やかなものに見えるので、「山の間を流れている」と評したのかもしれません。

前の記事続きを読む


www.bojan.net
Copyright © 1995- Bojan International

0 件のコメント:

新着記事