2021年1月16日土曜日

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アイヌ語地名の傾向と対策 (798) 「ニイナシナイ・ブイタウシナイ・アイトシナイ川」

 

やあ皆さん、アイヌ語の森へ、ようこそ。

(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)

地図をクリックしたら地理院地図に飛べたりします。

ニイナシナイ

nina-us-nay
薪を切る・いつもする・川

(典拠あり、類型あり)

留萌市の住所一覧を見ていて、その中に「北海道留萌市留萌村ニイナシナイ」というものがありました。地図サイトで調べてみると「留萌市見晴町7」のあたりでは無いか……とのことですが……。

「ニイナシナイ」は何処に

地形図で見てみると、見晴町の東、千望台の北に川があることがわかります。残念ながら現在の川の名前は確認できませんでしたが、これがかつて「ニイナシナイ」と呼ばれていた可能性がありそうです。

「東西蝦夷山川地理取調図」を見てみると、留萌川にはものすごい数の支流が記録されていることがわかります。その中で「ヌフリケシヨマナイ」は現在の「十二線川」に相当すると思われますので(明治時代の地形図より推定)、そこから逆算すると 4 つほど海側に「ニイナウシヘツ」という川が描かれていることがわかります。

「西蝦夷日誌」には、留萌川の支流として次のようなものが挙げられていました(途中まで引用)。

(上り)イカウシナイ(右川)、イヨマンテウシ(左川)、ポンチヤシコチ(右の方、山に城壘の跡有)上りてコタンベサナイ、(幷て)サラハ(右川)、トウプト(此上少々の沼有)、ワツカクシナイブ、(上に)ポンニナシナイ、(幷て)ヲンネニナシナイ(左川)、ポロヒンナイ、(幷て)キナチヤウシ(同)、バンケシマニ(同)、べンケシヤニ(右)、フイタシナイ(同)、アトイニナイ(同)、イライウシナイ(同)、ヌフリケシヨマフ(同)、
松浦武四郎・著、吉田常吉・編「新版 蝦夷日誌(下)」時事通信社 p.250-251 より引用)

また「竹四郎廻浦日記」には次のように記されていました。

先川口より一丁斗上りて右の方 イカウシナイフト、並て弐丁斗入上り イヨマンテウシ、左りの方三四丁目に ホンチヤシコチ、並びて少し上にコタンベカナイ、並びて サラバ、右の方トウフト、少しの沼有るよし。しばし行て ワツカクシナイブ、又少し上りて ホンニナシナイ、テレ子ニナシナイ、又左りの方 ホロヒンナイ、並びて キナシヤシナイ、バンケシヤニ、並びて少し上 ベンケシヤニ、右の方又少し上に フイタシナイ、又少し上りて アトイニナイ、並びて イライウシナイ、並びて ヌフリケシヲマフ、
(松浦武四郎・著 高倉新一郎・解読「竹四郎廻浦日記 上」北海道出版企画センター p.491 より引用)

……情報が豊富すぎるのも大変ですね。留萌川の左支流(南支流)の情報をピックアップしてみましょうか。西蝦夷日誌の表記を正として、カッコ内に「竹四郎廻浦日記」の表記を入れています。

イカウシナイ(イカウシナイフト)※ 西蝦夷日誌では「右支流」
イヨマンテウシ(同じ)
トウプト(トウフト)
ワツカクシナイブ(ワツカクシナイブ)
ポンニナシナイ(ホンニナシナイ)
ヲンネニナシナイ(テレ子ニナシナイ)
フイタシナイ(同じ)
アトイニナイ(同じ)
イライウシナイ(同じ)
ヌフリケシヨマフ(ヌフリケシヲマフ)

「西蝦夷日誌」には「ポロヒンナイ」と「キナチヤウシ」も「左川」とありますが、「東西蝦夷山川地理取調図」および「竹四郎廻浦日記」の記録から考えると誤りのように思えますので、一旦外しています。

また、これまで「ヌプリケシュオマㇷ゚」(ヌフリケシヨマナイ)が現在の「十二線川」と考えて川名を比定していましたが、陸上自衛隊留萌駐屯地の北西を流れる「アイトシナイ川」が「アトイニナイ」だと考えられそうですので、そこから逆算しても、やはり見晴町の東を流れる川が「ニナシナイ」だったと考えて良さそうに思えます。

「ポンニナシナイ」と「ヲンネニナシナイ」が記録されていますが、「ポンニナシナイ」は見晴町 4 丁目から流れる川で、「ヲンネニナシナイ」が千望台の北から流れる川……ということになるでしょうか。

ということで地名解ですが

「ニイナシナイ」の場所を探すのに労力の大半を費やしている感も否めませんが、意味については永田地名解にこんな記載がありました。

Nina ush nai  ニナ ウㇱュ ナイ  採薪澤
永田方正北海道蝦夷語地名解」国書刊行会 p.399 より引用)

nina-us-nay で「薪を切る・いつもする・川」と読めそうですね。「東西蝦夷山川地理取調図」には「ニイナウシヘツ」とありましたが、これも全く同様に解釈できるかと思います。

ブイタウシナイ

puy-ta-us-nay
エゾノリュウキンカの根・掘る・いつもする・川

(典拠あり、類型あり)
(? = 典拠あるが疑わしい、類型あり)

留萌市の住所一覧を見ていて、その中に「北海道留萌市留萌村ニイナシナイ」というものがありました。……しまった。えーと「北海道留萌市留萌村ブイタウシナイ」というものがありました……ですね(悪質なコピペだ)。

「ブイタウシナイ」も本来はやはり川の名前で、現在の「高砂川」のことだと考えられます(コープさっぽろの近くを流れています)。

永田地名解には次のように記されていました。

Pui ta nai  プイ タ ナイ  ブイ草ヲ掘ル處 土人其ノ根ヲ食料トス
(永田方正「北海道蝦夷語地名解」国書刊行会 p.399 より引用)

「西蝦夷日誌」には「フイタシナイ」と記録されていて、永田地名解は「プイタナイ」と -us を略した形で記録していたにもかかわらず、住所としてはフルスペック?の「ブイタウシナイ」として残っているのが面白いですね。意味は永田地名解の通り、puy-ta-us-nay で「エゾノリュウキンカの根・掘る・いつもする・川」と考えて良さそうです。

アイトシナイ川

ay-ta-us-nay?
イラクサ・刈る・いつもする・川

(? = 典拠あるが疑わしい、類型あり)

陸上自衛隊留萌駐屯地の西側を流れる川の名前です。幸いにしてこの川の名前は現役なのですが、ややこしいことに全く同名の川が増毛町にも存在します。

この「アイトシナイ川」ですが、西蝦夷日誌における「アトイニナイ」のことだと考えられます。「東西蝦夷山川地理取調図」では「マイトニナイ」と描かれています。どれも似ているようで微妙に異なるのが悩ましいところですが……。

「マイトニナイ」の「マ」は「ア」の誤記である可能性が高いかもしれません。あとは「アイトシ」と「アトイニ」の違いをどう考えるかなのですが、たとえば at-ni で「おひょう楡の木」と言う語彙があります。ただ at-ni が「アトイニ」になるのはちょっとアレンジが必要になるように思えるのですね。

ちょっと不思議なことに、現在の名前である「アイトシナイ」のほうが解釈しやすかったりします。これが ay-ta-us-nay であれば「イラクサ・刈る・いつもする・川」と解釈できそうな気がするのですね。

お隣が puy-ta-us-nay ということもあるので、ay-ta-us-nay があってもおかしく無いのではないかと思ったりもします。

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