2021年1月23日土曜日

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アイヌ語地名の傾向と対策 (800) 「幌美里川・小豆川・シュリ川」

 

やあ皆さん、アイヌ語の森へ、ようこそ。

(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)

地図をクリックしたら地理院地図に飛べたりします。

幌美里川(ほろぴり──)

poro-piri(-pet)
大きな・渦(・川)

(典拠あり、類型あり)

北竜町碧水(いつも思うのですが、素敵な地名ですよね)の南を流れる川の名前です。お隣の沼田町には「幌比里」という地名があるので紛らわしいですが、二文字目が異なるので見分けはつくでしょうか。

「東西蝦夷山川地理取調図」にはそれらしい川を見つけられませんでしたが、丁巳日誌「再篙石狩日誌」には次のように記されていました。

しばし行て、
     ホロヒリ
此処川流屈曲して、少し浜も此辺より右に見るなり。しばし行て左りの方小川有。是をホロヒリヘツと云なり。
松浦武四郎・著 秋葉実・解読「丁巳東西蝦夷山川地理取調日誌 上」北海道出版企画センター p.342 より引用)

永田地名解にも次のように記されていました。

Poro piri  ポロ ピリ  大渦 好漁場ナリ
永田方正北海道蝦夷語地名解」国書刊行会 p.59 より引用)

前述の通り、広義の雨竜川筋には沼田町の「幌比里」もあるので注意が必要ですが、この「ポロ ピリ」の前後は「ノヤ タㇷ゚」と「ピパ ウシ」ということもあり、これは北竜町の「幌美里川」のことであると考えて良さそうに思えます。

poro-piri(-pet) で「大きな・渦(・川)」となるでしょうか。本来は poro-piri は雨竜川の渦を指しての命名のようにも思えますが、たまたまそのあたりに注ぐ川の名前に借用された、ということかと思われます。

小豆川(しょうず──)

panke-chiray-us-nay
川下側の・イトウ・多くいる・川

(典拠あり、類型あり)

恵岱別川の北支流で、北竜町役場から見て主に西北西のあたりを流れています。中流部には小豆沢地区があり、上流部には小豆沢ダムがあります。

山田秀三さんの「北海道の地名」には次のように記されていました。

アイヌ時代はパンケチライウㇱナイ(panke-chirai-ush-nai 下の・いとう魚・多い・川)と呼ばれた川である。
(山田秀三「北海道の地名」草風館 p.77 より引用)

確かに「東西蝦夷山川地理取調図」にも「ヘンケチライ」と「ハンチライ」という川が描かれていました。「ハンチライ」は「ハンケチライ」の誤記だと思われますが、丁巳日誌「再篙石狩日誌」には次のようにも記されていました。

しばしにて凡二十丁
     ハンケチライウツ
     ヘンケチライウツ
右の方に有。此処少し川上え行や樺木多しと聞り。
(松浦武四郎・著 秋葉実・解読「丁巳東西蝦夷山川地理取調日誌 上」北海道出版企画センター p.341-342 より引用)

あれっ。山田さんは panke-chiray-us-nay としていましたが、ここでは panke-chiray-ut あるいは -ot と書かれているようにも見えます。ただこれも「ウツ」が「ウシ」の誤記だったとしたら全て解決ですね。

なぜ「しょうず──」なのだろう……というのがそもそもの始まりだったのですが、「北海道地名誌」には次のように記されていました。

 小豆沢川(しょうずざわがわ) 精進川のなまったものというが,もとアイヌ語で「パンケチライウシナイ」(恵岱別川の川下の方にあるいとうの多い川)といったところ。
(NHK 北海道本部・編「北海道地名誌」北海教育評論社 p.279 より引用)

結論は山田さんの説と変わらないようです。ただ「精進川のなまったもの」という情報が興味深いんですよね。たとえば札幌の豊平川の支流にも「精進川」がありますが、これは o-so-us-i の転訛したものと言われています。こういった例を見てしまうと、panke-chiray-us-nay の別名で so-us-nay(滝・ついている・川)あたりがあったんじゃないか……と考えたくなるんですけどね。

ということで、「小豆川」(小豆沢川)の由来は結局良くわかりませんでしたが、昔 panke-chiray-us-nay と呼ばれていたことは間違い無さそうでしょうか。panke-chiray-us-nay は「川下側の・イトウ・多くいる・川」と読めそうです。

シュリ川

siwri???
シウリザクラ

(??? = アイヌ語に由来するかどうか要精査)

北竜町竜西のあたりで、恵岱別川の南側を流れる川の名前です。ここはとても興味深い地形で、おそらく河川争奪の結果「恵岱別川」がお引越しした……と思しきところです。

「東西蝦夷山川地理取調図」や「西蝦夷日誌」「竹四郎廻浦日記」などには「シュリ川」に近い名前の川は見当たりません。ただ、山田秀三さんの「北海道の地名」には次のように記されていました。

しゅうり川
 恵岱別川の南支流(雨竜町・北竜町)で鴨居沢川の一つ上の川の名。
(山田秀三「北海道の地名」草風館 p.78 より引用)

現在の地理院地図には「シュリ川」と描かれていますが、地元の人は「しゅうり川」と呼んでいたということでしょうか。

「みやまやまざくらの木」をアイヌ語でシウリ(shiuri)といい,北海道では和人も「しゅうり」という。この言葉が他地のアイヌ語地名の中にも時々出て来ることから考えると,アイヌ時代からシウリの川だったのかもしれない。
(山田秀三「北海道の地名」草風館 p.78 より引用)

そうなんですよね。siwri で「シウリザクラ」を意味する語彙があり、この木は扱いやすいこともあり重宝されたのだそうです。そのため地名にも偶に出てくるのですが、「シュリ川」と言われると siwri じゃないかと考えたくなります。

「シュリ」あるいは「しゅうり」を siwri と結びつけて考えたのは山田さんだけではなく、「北海道地名誌」にも次のように記されていました。

 シュリ川 恵岱別川の支流。シュリの木が多かったのでこの名がついた。
(NHK 北海道本部・編「北海道地名誌」北海教育評論社 p.279 より引用)

こっちは断定調ですね。uso-800 では無いと思いますが、時折ものすごい変化球が出てくることもあるので「そういう説もある」としておこうかと思います。

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