2020年12月13日日曜日

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アイヌ語地名の傾向と対策 (789) 「ニナイベツ川・オタルマナイ川・古茶内」

 

やあ皆さん、アイヌ語の森へ、ようこそ。

(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)

地図をクリックしたら地理院地図に飛べたりします。

ニナイベツ川

ninar-pet?
片側が山になっている川岸の平地・川

(? = 典拠あるが疑わしい、類型あり)

別苅郵便局の西を流れる川の名前です。「東西蝦夷山川地理取調図」にはそれらしき川が描かれておらず、また永田地名解にもそれらしき記載が見当たらないように思えます。明治時代の地形図には「シナエベツ」という名前の川が描かれていましたが、むむ、これは……?

「再航蝦夷日誌」には「ニナベツ」という名前で記録されていました。丁巳日誌「天之穂日誌」には少し詳しく記されていたので、引用しておきましょう。

並びて
     ニナイヘツ
小川。昔しは此処にも夷家有しと。今はなし。出稼は多し。ニナイベまたニナベツ等云也。平(木?)が有と云事也。
松浦武四郎・著 秋葉実・解読「丁巳東西蝦夷山川地理取調日誌 上」北海道出版企画センター p.445 より引用)

「平」は「ピラ」即ち「崖」のことですが、秋葉さんは「木じゃないか」と疑義を呈した、ということになりますね。ただ、「西蝦夷日誌」にも同様に「平」ではないかとの記述がありました。

(五丁五間)ニナイベツ(小川)、名義は平が有る川の儀。
(松浦武四郎・著、吉田常吉・編「新版 蝦夷日誌(下)」時事通信社 p.233 より引用)

これらを見ると、松浦武四郎は一貫して「ニナ──」で記録しているので、地形図にあった「シナエベツ」は「ニナ──」の誤記だった可能性が高そうですね。「ニナイベツ」と「ピラがある」という記録からは ninar-pet で「片側が山になっている川岸の平地・川」と考えたくなります。

ninar という語彙は「台地」を意味する場合もありますが(ninar-ka の下略かも?)、「川岸の平地」という解釈も良く目にします。解釈にブレの多い語彙という印象もありますので、知里さんの「──小辞典」を引用しておきましょうか。

ninar, -i/u ニなㇽ ①【ホロベツ】土地が一段高くなってどこまでも平坦に続いている所;台地。②【ナヨロ】片側が山になっている川岸の平地。[語原はたぶん ni-nar〔に・ナㇽ〕,ni は ri の訛りで高いの意,nar は,日本で山中の平地を云うとあるナル(ナラ,ナロ,ノロ)と関係があろう。] ③【チカブミ】川沿いの原野。~i-sep-pet〔ニなリセㇷ゚ペッ〕[その岸の原野の・広い・川]岸に広い原野のある川。 ~i-hutne-pet〔ニなリフッネペッ〕[岸の原野の・狭い・川]岸に狭い原野のある川。
(知里真志保「地名アイヌ語小辞典」北海道出版企画センター p.66 より引用)

これだけ様々な解釈の余地のある語彙で、何故「片側が山になっている川岸の平地」と断定調で語ることができるのか……という話ですが、地形図を見るとまさに「片側が山に──」なんですね。

山に挟まれた川沿いの平地は居住地として優れていたようで、このあたりでは珍しく内陸部に向かって集落が広がっています。別苅には多くの川が流れていますが、「川岸の平地」が特徴的な川であるとして「ニナルヘツ」と呼んだのでは無いかなぁ……と思います。

オタルマナイ川

ota-ru-oma-nay?
砂浜・道・そこにある・川

(? = 典拠あるが疑わしい、類型あり)

国道 231 号で「ニナイベツ川」を越えて更に北東に向かうと「恵比須神社」という神社がありますが、その近くを流れる川の名前です。国道は「小樽間内橋」という名前の橋でオタルマナイ川を越えています。

「東西蝦夷山川地理取調図」には「ヲタルマナイ」という名前の川が描かれていました。また「西蝦夷日誌」には次のように記されていました。前後関係がわかるように、少し長い目に引用します。

(三丁五間)モイ(小灣、人家)、幷て(二丁四十間)ヲタルヲマナイ(小澤)、沙路有澤の義。(三丁廿間)ヲタシリエト(小岬)、沙岬の義也。
(松浦武四郎・著、吉田常吉・編「新版 蝦夷日誌(下)」時事通信社 p.233 より引用)

これはある意味想定通りなのですが、どうやら「オタルマナイ」は「ヲタルヲマナイ」だったと考えられそうですね。

「再航蝦夷日誌」にも「ヲタルマナイ」と記録されているほか、丁巳日誌「天之穂日誌」にも次のように記されていました。

出稼つヾき
    ヲタルマナイ
砂の有る沢と云儀なり。出稼家つヾき。
(松浦武四郎・著 秋葉実・解読「丁巳東西蝦夷山川地理取調日誌 上」北海道出版企画センター p.445 より引用)

明治時代の地形図を見ると、別苅から暑寒別川のあたりまで、ほぼ人家が並んでいるように描かれていますが、大正時代の地形図を見ると、今よりも家屋の数は多そうとは言え、そこまで家屋が立ち並んでいるようには見えません。とりあえず松浦武四郎が旅をした頃は、既に多くの出稼ぎ漁師が軒を連ねていたようですね。

永田地名解には次のように記されていました

Otar’oma nai  オタロ マ ナイ  沙路川 沙路ニアル川
永田方正北海道蝦夷語地名解」国書刊行会 p.391 より引用)

旧来の解釈に対して批判的な姿勢を忘れなかった永田方正も、今回は松浦武四郎の解を素直に追認したように見えます。ota-ru-oma-nay で「砂浜・道・そこにある・川」という解釈は、特におかしな点は無いように思えます。

ru というのに少し引っかかりを覚えないわけでは無いのですが、これは ota-or-oma-nay で「砂浜・ところ・そこにある・川」だとすればより自然な感じになりそうです。ただこれだと「ヲタルヲマナイ」から少し遠ざかるのが難点でしょうか。

o-taor-oma-nay

ここまで書いておきながら、全く別の解釈ができるんじゃないかと気になっていたりもします。o-taor-oma-nay で「河口・川岸の高所・そこに入る・川」と解釈できてしまうんではないか……と。

オタルマナイ川は暑寒別川の西側の比較的平らな山から流れ出ていて、また「恵比須神社」の後ろ側も高台になっているので、実は元々は o-taor-oma-nay だったんじゃないか……という気がしてならないのです。

元々 o-taor-oma-nay だったものが早々と原義が失われて、たまたま海沿いだったので ota-or-oma-nay となり、音韻転倒で ota-ru-oma-nay になった……というのは強引すぎでしょうか。

近くに「ヲタシリエト」(ota-sir-etu でしょう)があるのに「オタルマナイ川」は ota じゃないというのはおかしいだろ! というご指摘もあろうかと思いますが……。

古茶内(こちゃない)

kot-chan-nay?
谷間・入口・川

(? = 典拠あるが疑わしい、類型あり)

現在の地理院地図では、暑寒別川の西側一帯は全て「別苅」となっていますが、大正時代の陸軍図をみると「コチャナイ」という地名が描かれていました。現在も「コチャナイ川」が流れているほか、「古茶内」というバス停が健在です。

「東西蝦夷山川地理取調図」には「ヲン子コチヤナイ」という川が描かれていました。onne は「老いた」という意味で、多くは「親である」と解釈できます。となると「子である」川もありそうなものですが……。

……という疑問については、「西蝦夷日誌」に答がありました。

(六丁廿間)ヲンネコチヤナイ(小川、番屋、茅くら有)、人家つゞき、今は荒物・小間物・料理や等も出来たり。ポンコチヤナイ(番や一棟、茅くら三、板くら三、稻荷の社あり)、共に上は平地、山の懐に成て畑には宜し。
(松浦武四郎・著、吉田常吉・編「新版 蝦夷日誌(下)」時事通信社 p.233 より引用)

どうやら「ヲンネコチヤナイ」と「ポンコチヤナイ」の両方が存在した、ということだったようです。

現在の地図を見ると「オタルマナイ川」と「コチャナイ川」の間に「本小樽間内川」が流れているように見えますが、この「本小樽間内川」が「ヲンネコチヤナイ」あるいは「ポンコチヤナイ」だったのかもしれません。

「本」は pon でしょうから「ポンコチヤナイ」だと考えたいのですが、「西蝦夷日誌」では「ヲンネコチヤナイ」のほうが西側にあるように描かれているので……。

意味はてっきり kucha(山小屋)の川かと思ったのですが、永田地名解には次のように記されていました。

Kotcha nai  コッチャ ナイ  前川
(永田方正「北海道蝦夷語地名解」国書刊行会 p.391 より引用)

「前川」とは何だろう……と思ったのですが、知里さんの「──小辞典」を見てみると kot-char で「沢の入口」という語彙が掲載されていました。なるほど、kot(谷間)の char(口)で「谷間の入口」と解釈できそうですね。

増毛町の市街地は暑寒別川の扇状地の北端にある、と形容できるかと思います。そう言えば増毛は果物の栽培も盛んですが、扇状地と言えば果物ですよね。

「コチャナイ」の kot は「暑寒別川の谷」と考えていいんじゃないかと思います。暑寒別川の「谷間の入口」あたりから湧き出る川を kot-chan-nay で「谷間・入口・川」と呼んだのではないか……と考えてみました。

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