2020年12月20日日曜日

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アイヌ語地名の傾向と対策 (791) 「中歌・箸別」

 

やあ皆さん、アイヌ語の森へ、ようこそ。

(この背景地図等データは、国土地理院の地理院地図から配信されたものである)

地図をクリックしたら地理院地図に飛べたりします。

中歌(なかうた)

ota-noske
砂浜・真ん中

(典拠あり、類型あり)

増毛の中心部と箸別の間の地名です。国道は台地の上を通っていて、先日一部区間が廃止された JR 留萌本線は台地の下の海沿いを通っていました。

「中興味深いことに、「東西蝦夷山川地理取調図」にも「ナカウタ」と描かれています。「西蝦夷日誌」にも次のように記されていました。

(幷て)中哥(番屋一棟、茅くら一棟)、本名中ヲタ、譯して中濱也。中は和名、ヲタは夷言沙地の事也。
松浦武四郎・著、吉田常吉・編「新版 蝦夷日誌(下)」時事通信社 p.235 より引用)

「ナカ」は和語由来じゃないかと思ったのですが、やはりそのようですね。松浦武四郎の時代に既に和語が入っていたことになりますが、増毛の街自体が「ハママシケ場所」の移転先なので、和人・和語の普及が早かったことも納得できます。

「中歌」が「中ヲタ」らしい、ということを考慮して永田地名解を見てみると……

Ota noshike  オタ ノシケ  中濱 濱中トモ○沙場ノ中央ヲ云フ
永田方正北海道蝦夷語地名解」国書刊行会 p.391 より引用)

松浦武四郎が「中ヲタ」と記録した地名を、永田方正が(和語を含まない)「オタ ノシケ」として記録するという面白いことになっていました。ota-noske は道内のあちこちにありますが、「砂浜・真ん中」と考えられます。

町役場のあるあたり(かつて増毛駅があったあたり)と東の箸別の間は湾になっていて、昔は砂浜が続いていたと思われるのですが、そのちょうど真ん中あたりの地名なので「砂浜・真ん中」ということですね。

それはそうと、永田方正はわざわざ元の形を記録した上で、「中浜、浜中とも」と和訳していたのに、和語・アイヌ語折衷の「中歌」として残ったというのも皮肉なものですね……。

箸別(はしべつ)

pas-pet?
炭・川
has-pet?
細枝・川

(? = 典拠あるが疑わしい、類型あり)

先日に一部区間が廃止された JR 留萌本線では、増毛駅の次の駅が「箸別駅」でした。

駅があった……のですが、「箸別駅」が「駅」に昇格したのは JR 北海道の発足時ですので、残念ながら「北海道駅名の起源」には記載がありません。

「炭・川」説

「東西蝦夷山川地理取調図」には「ハシヘツ」という名前の川と「ハシヘツトマリ」という地名?が描かれていました。また「西蝦夷日誌」には次のように記されていました。

(十二丁三十間) ハシベツノツ(小岬也、四丁卅間)、ハシベツ〔橋別〕(川幅七八間、浅瀬、石川也)名義、炭川との義。此處川上に石炭有り、依て號く。炭をハシハシと言也(番や一棟、板藏一棟、茅くら三棟)。
(松浦武四郎・著、吉田常吉・編「新版 蝦夷日誌(下)」時事通信社 p.235-236 より引用)

has知里さんの「──小辞典」によると「枝条;細枝;灌木」とありますが、pas が「消炭」であるとも記されています。「消炭」というのは何だろう……と思ったのですが、田村さんの辞書によるとどうやら「燃えかす」であるとのこと。松浦武四郎は pas-pet で「炭・川」だと記録していますが、pas を「石炭」と解釈できるかどうかは少々疑問が残ります。

ただ、面白いことに永田地名解も松浦武四郎の記録を追認していました。

Pesh pet not  ペㇱュ ペト゚ ノッ  石炭川ノ岬
Pash pet    パㇱュ ペッ     石炭川 川中ニ大ナル黑岩アリテ炭ノ如シ故ニ名ク今此岩ナシト云フ
(永田方正「北海道蝦夷語地名解」国書刊行会 p.392 より引用)

単に追認しただけではなく、「川中に大きな黒岩が *あった*」というストーリーまで追加されています。しかも「今此岩ナシト云フ」という伝家の宝刀まで。

「伝家の宝刀」について

久しぶりに「伝家の宝刀」が抜かれたので、知里さんの「アイヌ語入門」から引用しておきましょう。

その一つは,「むかし,そこの所にそういう形の岩があったからそういう名がついたのだ」とか,「そこの崖にそういう形の文様がついていたのでそう名づけられたのだ」とか云って体をかわすことである。
(知里真志保「アイヌ語入門 復刻─とくに地名研究者のために」北海道出版企画センター p.23 より引用)

ここまでは良いですよね。ポイントは以下の文章です。

しかし,この際ゼッタイ忘れてならないことが一つある。さきに,チパシリの語原説の中にもあったように,「但シ,コノ岩,崩複シテ今ハナシ」というような但し書をつけておいて,あらかじめ証拠の方は隠滅しておくのである。
(知里真志保「アイヌ語入門 復刻─とくに地名研究者のために」北海道出版企画センター p.23 より引用)

それらしいストーリーがあったとしても、それを裏付ける物的証拠が無いとマズいので、予め「証拠を隠滅しておく」のが大切だ……とあります。箸別の川の中には本当に「黒い炭のような岩」があったのか、それとも……?

更科さんの説

松浦武四郎・永田方正の両大家?が揃って「炭・川」説をプッシュしているものの、もう少しサンプル数を増やしてみましょうか。更科源蔵さんは「アイヌ語地名解」にて次のように記していました。

しかし、昔のアイヌは必要のない石炭などを地名にしたとも考えられず、また石炭が炭のように川底にしきつめられていれば別だが、むしろハシ・ペッで灌木(ハシ)の中を流れている川(ペッといったのではなかろうか。
(更科源蔵「更科源蔵アイヌ関係著作集〈6〉アイヌ語地名解」みやま書房 p.138 より引用)

「西蝦夷日誌」の書きっぷりに感じた微かな違和感がしっかりと指摘されていました。国内における炭鉱の開発は幕末の頃に始まった筈で、それ以前にアイヌが独自に石炭をエネルギー源として利用していた……ということは無かったかと思います。

となるとアイヌが川を「石炭の川」と名付ける必然性は無さそうに思えるのですね。もちろん永田方正の言うように、川の中に巨大な石炭の露頭でもあったのであれば別ですが、「今此岩ナシト云フ」と言われると、やはり実在そのものも怪しく思えてきます。

山田さんの説

更科さんの has-pet で「細枝・川」じゃないか、という試案はすこぶる穏当なものに思えるのですが、山田秀三さんも別の視点から検討を加えていたようでした。

 古い元禄郷帳(1700年)と津軽一統志の地図(推定1670年調査)のこの辺の地名配列は似ているが,前者の「ハシヘツ」が後の方の図では「ワシ別」である。それから見ると,もしかしたら,箸別は元来ハㇱ・ベッ(hash-pet 柴木の・川)で,それがワシベツと訛り,またパシベツとも考えられるようになった,のだったかもしれない。
(山田秀三「北海道の地名」草風館 p.126 より引用)

「ハㇱ」が「ワシ」に化けたのではないか……という考え方も至極妥当なものですが、「パㇱ」が「ハㇱ」と記されていた可能性も考えられるので、山田さんの「発見」を元に pas-pet 説が否定できる訳では無い……という点に留意しておきたいです。

改めて「黒いなにか」説

ちなみに pas- ではなく paskur であれば「カラス」という意味になり、現在でも「馬主来」(ぱしくる)や「橋呉」などの地名として残っています。

地名における「カラス」は転じて「黒いなにか」を意味する場合があるようで、この箸別の場合も「石炭」や「現存しない黒岩」説はともかく、「黒いなにか」に由来する可能性も残しておいたほうが良いような気がします。

それは川底の石が黒く見えるのかもしれませんし、あるいは遡上する鮭が川面を埋め尽くして真っ黒に見えるのかもしれません。道内各地に見られる kunne-pet (黒い・川)と似たような特徴を有している可能性も考えてみたいです。

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